蒼鳥カムパネルラ | ナノ
なまえと星を観に行くのは11月の2週目の金曜日ということになった。というのも、うお座が見える11月は2週目に実力テスト、下旬に期末テストを控える月でもある。
テスト前には英二がきっと泣きついて勉強に付き合わされると踏んだために、テストが終わった金曜日にしようと提案した。それに僕だって勉強しなくちゃいけないし。
なまえにそう言うと快く承諾してくれた。
なまえも僕と同じ歳だから中学3年生だろうに、学校は大丈夫なんだろうか。彼女の話によると、ずっとこの部屋を出ないことが多いらしいし。
僕が口に出さずにそう思っていると、なまえの方から察したように答えてくれた。
「私は、担任の先生から課題のプリントを貰ってるの。それを提出して一応出席にしてもらってるんだ」
「そうなんだ」
「でも、読むのに苦労するから、家政婦さんに読んでもらってるんだけどね。最近は書くのも苦労しちゃって」
あーあ、とため息交じりになまえが言う。そうして諦めて行くことが増えるのが嫌いらしい。
「今度から僕が手伝うよ」
「悪いよ!周助は自分の勉強で手いっぱいだろうし」
「ううん、きっと復習になるだろうし。…っていうのは口実で、本当はなまえと一緒に居たいからなんだけど、ダメかな」
僕がそう言うと、なまえは顔を赤くした。いつもは茶化すなまえだけど、どうやら今回は真剣に照れているらしい。不意打ち作戦は効いたな、と内心ガッツポーズでもしたいくらいだけど、そこをぐっと抑えてなまえの手を握った。
「…周助、あのね」
「うん」
「私、今までお父さんとお母さんのお話したことなかったよね」
「…」
僕は先日のことを思い出す。初めてなまえに出会った日のことを。
家政婦さんはプライベートなことだと教えてくれなかったなまえの両親の話。海外に暮らしていると聞いている。僕は口をつぐんで、それでもなまえの手を握る力を少しだけ強くする。
「私のお父さんと、お母さん。2人とも海外に住んでいるんだけど、2人で一緒に暮らしているわけじゃないの。最初はそうだったんだけど、今はあんまり仲良くないみたい」
「そう…」
「私がこんな目だから一緒に行けなくて、私は此処でずうっとお留守番。そのうちすれ違いが出来て、別居したみたい。今は私の親権をどうするか話し合いしてるって、この前言ってた。…親権がどちらになっても、私が此処に居るのは今更変わらないだろうけどね」
なまえは僕の手を握り返す。つまり、もうじきなまえの両親は離婚するということだろう。両親が健在である僕は、なまえにどう声をかけていいかさえ分からない。
なまえの言う留守番がどのくらいの期間なのかわからなかったが、彼女の諦めの表情から、きっとずいぶん長い留守番なのだろうということが安易に想像できた。むしろ、その留守番をすることを義務と思っているようにも見受けられる。その意識と目の病気が、ここから出られない理由となっているに違いない。
「きっと2人が帰って来る頃には、私の目はもう見えなくなってるかもしれない」
心が痛かった。なまえになんと声をかければいいかわからない自分が歯がゆくて。好きな人が、こんなに辛い想いをしているのに何も出来ない自分が情けなかった。
「なんて顔してるの?」
なまえはいきなり僕の頬をつまんだ。少し痛みが走る頬を引っ張られて、目の前のなまえを見る。彼女は笑っていた。その笑顔さえ痛々しかったけれど、僕に悲しい顔をさせまいと取り繕っているらしい。
その顔を見て僕は自分が馬鹿だと思った。なまえは僕をこんな顔にさせたくて、こんな話をしたんじゃないだろう。
僕は笑う。作り笑いだけど。そして、なまえをしっかりと抱きしめた。
「じゃあ、もしそうなったら、僕がなまえの目になって君の両親の顔を教えてあげるよ」
なまえの顔は見えなかったが、僕は自分の肩が少しだけ水分を帯びていくのを感じた。
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