reminiscence world | ナノ



岳人と私の微妙な関係は、ずるずると続いており、私はしだいに侑士について悩む時間が減ってきた。

しかし、左の薬指に付けている指輪だけは外せない。考えることが少ない割に、やっぱり私の一番は相変わらず侑士だけらしい。馬鹿みたいだと何度も思ったけど、どうしても忘れられなかった。

そして、それと同時に岳人に対する罪悪感がつのる。こんなに侑士のことが忘れられないのに、一緒にいたって岳人を苦しめることになるのはわかっている。




下足から上履きに履き替えるときに、下駄箱から4つ折りのメモ用紙が落ちてきた。なんだろうと思いつつ、その紙を拾い上げてみる。

掌にも収まるくらい小さくたたまれた、薄いピンクのメモ用紙。大方、友達からの伝言か何かだろう。


その場でメモを開いてみた。中身は一文。綺麗な字が躍る一方で、その内容に私は震撼せざるを得なかった。




『放課後、誰にも言わずに屋上に来てください。神埼』




たったそれだけの言葉に手が震えた。なぜなら、この神埼という人物こそ、侑士の浮気相手なのだから。私はくしゃくしゃにメモを丸めてポケットにしまう。

なんで、今さら。


何を言われるのか、だいたい見当はつく。『侑士と正式に別れろ』とか言ってくるに違いない。

それにしても"誰にも言わないように"、なんて平凡に生きてきた私にとっては恐すぎる。よくあるテレビドラマなんかで、相手が複数だったりしたらどうしよう。私は侑士を諦められないのに、大勢で言って来られたら、私、どうしたらいいんだろう。




「どうした?なまえ」




急に声をかけられて驚いて振り向くと岳人がいた。私はその変わらない顔にひどく安堵した。




「べ、べつに…?おはよう、岳人」
「おう。あ、今日は?一緒に帰れる?」
「あ…えっと…」




ポケットに手を突っ込んで、丸めた紙をぐっと握った。"誰にも言わずに"という部分が引っかかって言えない。本当は言った方がいいんだって思う。でも…。


私は紙を握るのを辞めてポケットから手を出した。




「今日はちょっと用があるの…!」
「用?」
「じ、実はこの前の数学の再試引っかかって!はは」
「マジで!馬鹿じゃん!」




本当は違うけど、岳人は信じてくれた。

だいたいどうして私が気を使わなくてはいけないのか。侑士の彼女は私でしょ。被害者はこっちだ。別におどおどする必要はない。ちょうど私も白黒はっきりさせてやりたいと思っていたところなのだ。


岳人と別れて、私は自分を落ち着かせながらその時を待った。



私は、何があっても侑士とは別れない。

聞きたいことなんて、こっちだって山ほどあるんだ。





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