reminiscence world | ナノ



岳人を道連れにして、教室の前の廊下に座る。さっきよりお尻も体も冷えるけど、どうでもいい。あの2人が視界に入らないほど遠くにいれるなら。

岳人は言うべき言葉が見つからないようで私に何も言わず、ただ傍に居てくれた。


そんな彼に気まずい思いをさせてはいけない。私はゆっくりと経緯について説明し始めることにした。



「侑士が浮気してるって知ったのは…少し前かな…。さっきみたいな感じで、偶然見ちゃったのがきっかけ。知りたくなかったけど、もう知ってしまったから仕方ないと思って」
「…誰かに相談したり、侑士に問いただしたりしなかったのかよ?」



相談か…。私は首を振る。



「したくなかった。ずっと円満だってみんなに思っていて欲しかったから。なにより、侑士がそれを一番望んでる」



侑士は私に何も悟らせないように、態度を変えなかった。だから、思っていることを聞かずとも、彼が私を傷つけない最善の方法で別れを告げるまで、知らないふりをしていようと決めた。

きっと、侑士は優しすぎるから、私よりあの子が好きでも、私にそのことを言えないんだと思う。そして、何より、私が侑士のことを誰よりも好きだから、自分から終わりを告げることは出来ない。



彼もずるいが、そういう面では私もずるい。



誰にも相談したことなかったから、上手く言えている自信はなかった。それでも、口をついて出るのは今まで考えていたすべてのこと。岳人が聞いてくれだけで、少し軽くなっていく気がした。




「岳人には余計言えなくて。侑士のこと紹介してくれたのは岳人だったし…仲良いし、変にぎこちなくさせるだろうなって思って」
「…教えてほしかった…」
「ごめん」




膝を抱えてうつむく岳人は子どもっぽい。昔から何も変わっていない。思わず頭を撫でてやると、岳人は私の腕を掴んだ。




「…なあ。お前、これでいいの?」
「いいも何も…。私はこれが最善だと思うけど」



岳人は何かを言いたげに唇を噛む。

これ以上の策を持ち合わせていない私は馬鹿なのかもしれない。これが最善だと言いつつ、その確証はないのだから。


岳人の言葉を待つために壁にもたれた。腕は掴まれたまま、解放されない。




「なまえ…」
「なに?」



解放されたかと思いきや、岳人は自分の指と私の指を絡める。そして顔を一気に近づけられた。

誰もいない廊下で2人。響く音は何もない。ただ、私の唇に当たる暖かい熱。


長いような短いような期間、付着していた熱のせいで思考が停止した。




一体、これは、何?




「…なんで…」
「今、俺が思う最善のことした。だけ」
「…」
「同情じゃねえぞ」




囁くように至近距離で言う。油断したら、もう一度熱に触れられる。

岳人が私の指をよりきつく絡ませた。気が動転して頭が働かない。何も考えられない。




「なまえ、侑士と別れて俺と付き合って」
「…」
「幼稚舎のときから、ずっとお前のこと好きだった」




火照った顔。絡む指。岳人が冗談で言っているとは到底思えない。想定外だった。私が侑士のことを好きだと岳人に言った日も顔色一つ変えなかったし、付き合ってからも私達を誰よりも気遣ってくれていた。


そんな岳人が私を好き?私はとっさに岳人掴まれていた指を離す。




「そ、そんなの…」
「無理か…?」
「無理と言うか…岳人は幼馴染だし…急に、そんな…」
「なまえ」




壁にもたれているせいで押し付けられている格好になっている。幼稚舎のときと変わっていないと思っていたが、こうして見ると一つ一つが大人への変化を感じさせた。私より小さかった身長も伸びて、当然力ではもう敵わない。だから、また絡めら取られた指に逃げ場はもうない。




「俺、本気だから」
「…」
「今まで散々我慢した。でも、もう侑士になんか任せらんねえ」




肩の上に頭を乗せて、耳元で岳人が静かに囁く。




「俺がお前を幸せにする」




私は侑士にも言われたことのないその言葉を聞いて、ただ岳人の背中に腕を添える。


これから地に落ちて行く。そんな気がした。





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