reminiscence world | ナノ



「侑士待ってんの?」



放課後。一人ぼっちの教室で曇天を眺めていると、それを取っ払うように明るい声を岳人がかけた。

侑士を待っているかどうかの質問ということは、私がここにいるということが侑士を待っている姿としてきちんと見えているのだろう。よかった。

私は安堵しつつ、岳人に作り笑いを向ける。



「そうだよ」
「また?あいつ、最近忙しいのな」



そう、また。


痛い笑顔を悟られないようにと口角を余計にあげて頷くと、岳人は私の隣に腰掛けた。

きっと侑士が来るまでの退屈しのぎとして、傍に居てくれるのだろう。来るわけないのに。でも、私は岳人のこういうさりげない気配りが、"幼馴染として"好きだった。


岳人と私の付き合いはもう古い。気を許したこの幼馴染の関係は、もう既に10年が経過している。私の彼氏である侑士も、元はと言えば岳人からの紹介だった。

それが、今、こんなにも胸を締め付けることになるとは思っていなかったけれど。



「最近侑士とはどんな感じ?順調?」
「うん。ほら」
「うわ、すげえ!あいつ、指輪なんか贈ってるじゃん!」



私が左手に付けている指輪を見せると、岳人は自分のことの様にはしゃいでいて可愛かった。この指輪は付き合って1年の記念日に侑士がくれたプレゼント。小さな小さな宝石が埋め込まれている細いリングに、当時の私は泣いてしまった。あの時は侑士も優しく笑ってくれた。

なのに。



「…なまえ?」
「え……あ、ああ!ごめんごめん!」
「おい、何やってんだよ!しっかりしろよな!」



岳人に微笑みかけて、手をひっこめた。侑士のことを少しも忘れられていない自分が情けない。昔は嬉しかった指輪も、今ではすっかりこれに支えにしているようで、どうしようもなく辛いんだ。



「まあ、安心したぜ。最近一緒に居るとこ見ないしさ。どうしてんだろうって、お前の幼馴染としては心配してたんだぜ?」
「心配ご無用!この通り、私は侑士が大好きだしっ!」
「へえへえ、そうかよ!くそくそっ!!のろけてんじゃねー、なまえのくせに!」
「彼女いないからってひがむな、少年。はっはっは」



岳人が舌打ちをしながら視線を反らす。私も視線を岳人から、さっきまで見ていた窓に移した。どうりで寒いと思えば、いつの間にか細かい雨が降っている。



「雨…」
「うわ、マジ?くそ、傘持ってねえし」



岳人が雨を確認しに行くように窓の傍に寄った。



「…あ、」



窓辺に立った瞬間、いきなり岳人が短く声を漏らす。不思議に思って岳人に近付くと、岳人は窓に背を向けて両手を広げた。



「やっぱ、駄目!」
「は?何が?」
「な、なんでも!お、おい、なまえ!飲み物でも買いに行かねえ!?」



明らかに挙動がおかしくなった岳人に笑みがこぼれる。


ああ、わかった。


少し背伸びをして岳人越しに外を見下ろした。そこには見覚えのある可愛い女の子と侑士。突然の雨に雨宿りをしているらしい。二人は笑っていた。


ため息を漏らして岳人を見ると、罰が悪そうにうつむいている。私は、なんだか彼が可哀そうになって頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃに撫でてやった。



「知ってる」
「え…?」
「だから。侑士が浮気してるなんて、知ってる」



ぽかんとした表情で岳人は、私を見つめていた。

そう。侑士は浮気をしている。そして、そのことを私は知っている。





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