reminiscence world | ナノ
自分を慰めるように頼んだ甘めのコーヒーを手に、本を読みながら、誰かを待っているふりをして時間をつぶし続けた。だんだんそれも惨めになってきて、雰囲気だけでもクリスマスを味わおうとした自分を後悔し始める。
そんな後悔の中、急にガタっと隣の席に誰かが座る気配がした。驚いてすぐに左側を見る。
そこにはよく見知った顔がいた。
「侑士…」
「自分、外から丸見えやで。浮かへん顔してる」
「…」
侑士は目の前の窓を指差した。私は本を閉じて視線を落とす。
手の中にあるコーヒーはとうに冷めている。
「今から3か月前のこと、俺なりに回想しようと思うんやけどええか?」
「3か月前…?」
「今日は、その話がしたかってん」
侑士が言う3カ月前とは、ちょうど、侑士が私に話しかけることが少なくなってきた頃だった。
そして私が神崎さんという存在を知ったのも、その頃のこと。侑士が息を深く吸って、私の左手に自分の右手を重ねた。
「3か月前、俺は神崎に告白された。もちろん、俺はなまえがいてるから、付き合われへんって断ったんやけど。神崎は俺に言うた。『クリスマスまででええから』て」
「…」
「そうじゃないと、なまえに酷いことするって…」
「そんな…」
「もちろん、このことをなまえに言うのもあかんって。そんな脅し、誰が屈するねんって思ったけど、なまえにもしものことがあったらと思うと正直怖かった」
重ねた手に力が込められる。
「でも、次第に変わっていく自分がおった。嫌悪してたはずやのに、神崎のこと憎めんくなってしもた。ほんまは音楽室に呼び出したときに、全部話したかったのに、なんでかなまえの顔と神崎の顔がチラついた…。ほんまに最低やでな。ごめんな」
「侑士…」
「そら、指輪もはずされてまうわ…な」
急に熱を感じなくなった私の手に、指輪はない。そして、侑士も自分の左手の薬指から指輪を抜いた。
でも、不思議とそれを寂しいだなんて思わなかった。侑士の言葉と行動で、私達は決別の方向へ向かっているのだろうと知る。これで、いいのかもしれない。お互いが罪悪感を感じたままの付き合いに、行き止まりはもう見えているのだから。
そうだ、これでいい。
「ほんまはこれから最後の想い出に、駅前のクリスマスツリー見に行こかと思ってたけど、その前で誰かさんが寒い中なまえのこと待ってるから遠慮するわ」
「え?」
「あれはアホやで。ずっと俺に遠慮して。そう思わへん?」
侑士は席を立った。私の頭をぽんぽんと触って。
「ほなな。今までいろいろおおきに」
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