飛廉 | ナノ
24時間営業のファミレスってすごい。
ドリンクバーを飲みながらつくづく思った。たった230円でドリンク全種類飲み放題。コーラとオレンジジュースを混ぜたって怒られない。24時間怒られない。
「で。なんでそんな無茶な計画したんですか」
頬杖をつきながら失笑する彼は、しごくどうでもよさそうに尋ねた。
「あなたに、見つけてもらうためです」
にこやかに受け答えする私は受付嬢さながら。
私はドリンクバーのドリンクをすべて混ぜた変な色の飲み物を飲み、ついに見つけてくれた私を探す人に会えたことを喜んだ。
とてもスピリチュアルな部分で惹かれて、私たちはお互いあの場所で会った。彼は否定しているが、そう思うより他になかった。
「慣れないことするとこれだ…」
私を見て小さくため息をついた彼は、目の前のコーヒーに少し口をつける。
「出身はどこですか」
「言いません」
「これからどうするつもりですか」
「マックか漫画喫茶で寝ます」
「…そんな危ない」
「危なくないですよ。東京にはそういった方がたくさんいらっしゃると聞きましたし」
「否定はできませんけどね…」
うーん、と唸る日吉さんは腕組みをして私の対処法を考えているようだった。
本当は彼がどういう反応をとるのか見てみたくて、こんな不思議ちゃんの真似をしている。面倒ならこのままトイレでも行くフリでもして店を出ればいい。そうやって出会ったばかりの彼の私の価値をはかっているだけだ。その反応を静かに受け入れて、私は次の遊び相手を探す。
それに飽きたら、死のう。
「じゃあ、こうしますか」
◇◇◇
「おおー!」
私は部屋に並ぶトロフィーの数々に目を輝かせた。テニス関連のモノや武術関連のモノが所狭しと並んでいる。
あいにく、私に運動のセンスはない。中学の時の体育の授業も率先してサボるため、教師とかくれんぼをしていたくらいだ。
「触ってもいいですかっ!」
「ダメだ」
「なんでですか」
日吉さんは答えず、こちらも見ず。ただ『この部屋が空いてるから』と言った。
あのファミレスで彼はこの私でさえも理解できないような提案をした。『一緒に住みますか』と。
それは長年連れ添ってきた恋人だけが使うセリフだと思っていたが、どうやら私の思い違いであったらしい。なぜなら出会って1時間半で聞いたのだから。
私はもちろん断る術を知らなかった。
もし、彼に下心があったとしても別になんでもよかったし、その程度だし。家がないことは別にたいしたことではなかったが、お風呂に入れないことは嫌だったし。
『風呂付きですか』と聞くと『ああ』って言ったということは、入ってもいいってことだよね。
「わー、私の家のベッドより大きいです!」
「よかったな」
いつの間にかタメ口の彼は私に、荷物を置いてリビングに来るように言った。
私の荷物はほんの少しだ。着替えと、タオルと、シャンプーとかリンス、それから歯ブラシセット、化粧品、常備薬…ちょっとした旅行くらいの荷物しかない。
そのボストンバックを置いて、リビングに向かうと机にマグカップが2つと紙とペンが置いてあって、ソファーに適当に座るように指示された。
「お見合いみたいですね!」
「ご趣味は…なんてな」
「旅行です」
「宛てもなく、を前につけろ」
初めて彼が笑う。私もつられて笑ったが、それよりも眠気が勝ってしまいそうだった。壁掛け時計に目をやると、夜もど真ん中の4時を指している。
私はうとうとしながら目の前の紅茶に口を付けた。
「一緒に住んでやってもいいが、ルールがある」
「はあ」
「まず第一、あのトロフィーに触るな」
「だからなんで。信用ないですか」
「ない」
キャップを開けて紙に大きく書く。
そのいち、トロフィーに触らない。なぜかは知らない。が、触ると変な武術で殺されそうなのでたぶん触らないでおく。
「第二に、仕事を早く見つけろ」
「えー」
「えー、じゃない。家賃は…最初だから月3万くらいでいいか」
「おっさんぶん殴って…っていう仕事は?」
「第三、家賃は綺麗な金で払え」
しまった。墓穴を掘って、ルールを増やしてしまった。次から、言葉は紅茶とともに飲み込もうと思う。
「第四、警察の世話になるな。面倒だから」
「えー」
「第五、"えー"禁句」
「…」
第五の項目は、禁止ワード"えー"の横に余白があり、この空間がまだ追加する意思の現れであると思われた。
「第六……お前何かあるか?」
「うーん…食事とか?」
「そうだな…。食事は当番制にしておくか」
第六、食事は当番制(頼むときもあるし、頼まれるときもある)。
彼は苦い顔をして急に手が止まった。『どうしたんですか?』と聞くと『いや…』と言葉を濁す。
「あ。もしかして料理できんのかよ、とか思ってます?なめてもらっちゃ困りますよー」
私は乾いた笑いを送り、そのまま料理のレパートリーについて話した。
昔、24時間営業でないファミレスでバイトをしていた時、厨房の人に気にいられて教えてもらったし、それにその頃は自炊もしていたんだぞ。これでも。
「ならいい。…俺があまり得意でもないからな」
「でしたら、仕事が見つかる間は私がそれぐらいします」
「…助かる」
彼はそう言って、ペンのキャップを閉めた。どうやらルールを作るのはこれで終わりらしい。
「じゃあ、そろそろ寝るか」
「ところで、日吉さん」
「ああ、それだ」
「え」
彼は思い出したように、ペンのキャップを開ける。しまった。ルールが増えた。
「第七…」
名前で呼ぶこと。
「名前…」
「俺は、若でいい。さくら」
ファミレスから出て名乗った名前を覚えていてくれたことが嬉しかった。なぜなら彼が私を呼ぶまで、私を名前で呼ぶ人はいなかったから。
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