飛廉 | ナノ
身近な誰かが急にいなくなるとしたら、私はその誰かを探すだろうか。日常や生活を放り出してまで、探しにいく誰かなんて。
いるとすれば、その誰かは幸せだろうな。いっそ消えてみようか。
誰か、見つけてくれるまで。
午前二時。オレンジの街頭に照らされた都会の桜の木の下で、休む間もなく進む時間に苦笑しそうになる。
別に誰かを待ってるわけではない。いや、厳密に言うと誰かを待ってはいるが、その誰かは私の知るところではない。
所持金をはたいて、誰にも言わずここまで来た。もっと正確に言うなら、言う人がいないからだったけど、それは今はどうでもいい。
東京は、思ってたよりも何もなくて私をがっかりさせた。どこに居ても人ばっかりで、退屈しかない。
この大勢の中から、ある日突然居なくなったって、誰も困らないだろう。代わりの人間は死ぬほど居るんだ。そう思うと、ますます私の価値は薄れるように感じた。
さすがに二時にもなると人通りは少ないから、出動はまずないと思うが、警察がいないか心配になってきた。私はこの幼い顔のせいで、夜出歩くと警察に話しかけられることも少なくなかったからだった。
それと心配事はもう一つ。
「ねー、一人?」
まさに今、その心配事が現実になろうとしてる。
「お金、ないんでしょ?今から時間あるなら、一緒に気持ちいいことしない?」
はい、来た。変態。
私も一応女の子だ。この手の変態は何度かあったが、今日のは最高ランクに気持ちが悪い。
しかし、待っても誰も来ないし、ここで生活するのにもお金が居る。所持金はあと1万くらいだろうか。ぶらぶら歩いてマックで寝るつもりだったが、悪くないかもしれない。
どうせ、誰も私を心配しないし、必要ともしない。このおっさんとどこぞのホテルへ行き、ぶん殴って気絶させて、財布すってから外に放り出した後、ゆっくり寝るのも悪くないか。合気道と護身術はこの無謀な計画のために唯一おこなった準備だった。
「んー、いくらで?」
「5万くらいでどう?もっとほしいなら考えるよ」
「んー、そっか…」
私が唸ってる間も、おっさんは必死だ。どこどこのホテルは設備もいいし、とか、始発で帰ってもいいから、とか。うるさい。
「じゃあ、どこかでお話してから考えようよ。ね?ね?」
「あー、うん。そうですね」
私が了承してすぐ、おっさんは私と手を繋いでとても機嫌がよさそうだった。
私の目的、なんだっけ。見失いそうで。闇に落ちていくようで。
おっさんの手汗を気持ち悪く思いながら、にこにこと愛想を振りまいていたときに、私の待っていたそれは来たのだった。
「それ、俺の連れなんですけど」
しごく面倒そうに放ったその言葉は、私を振り向かせるには十分だった。
パーカーにジーンズの男が立っていて、コンビニの袋を持っている。もちろん知り合いではない。赤の他人なのに。その赤の他人を助けようとしている。ただし、しごく面倒そうに。
おっさんは、私になにも言わず逃げるように去って行った。やましいことがありましたよー、というような逃げ方で、それは東京に来て一番面白いことだった。
「…このあたりは最近痴漢被害が多いから、気をつけないとやられますよ」
「ああ…どうも」
私は適当にお礼を言って、彼に近寄る。私は彼に言いたいことがあった。それは改まった礼でもなく、5万円がぱあになったという罵声でもなく、名前を尋ねるわけでもない。
「私を探しに来たんですか?」
彼は静かに首を横に振った。
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