自身の主とどこかよそよそしい様子の管狐にこんのすけが首をかしげると、その管狐はしょんぼりと俯いて言った。
「僕、主様に怖がられているんです」
「えぇっ?!」
こんのすけ
「へっ?」
目を丸くする。今の名前の様子はまさにそのとおりである。
そんな彼女の反応にますます身が縮むこんのすけ。
そのなんとも寂しそうなこんのすけの姿に、名前はどうしたものかと頭を掻いた。
「え、と…つまり、この間演習した審神者さんと管狐くんがどうも上手くいってない。だからどうにかしてあげたい、と?」
「はい…」
こんのすけから相談された内容をまとめてみるも、再度困惑してしまった名前は「う〜ん」と唸る。
話はこうだ。先日、演習へ同行した際にこんのすけは対戦相手に仕える管狐と情報共有も兼ねて挨拶へ行った。
そこで管狐とその主が話ている様子を見て、こんのすけは強い違和感を感じたのだという。
名前とこんのすけの間にはない、どこかよそよそしい対応。
管狐に話を聞けば、なんでも自身に対して主である審神者は恐怖感を抱いているのだとか。
口を開けばそのたびに表情を強張らせる審神者に、管狐は必要最低限にできる限り関わりを持たぬようしているといっていた。
なんということか。
自分と名前とでは考えられない状況にこんのすけはひどく驚いたのを覚えている。
自分でいうのもなんだか、自分は名前や刀剣男士たちにとても可愛がられ大切にされていると思う。
毎日名前から受けるブラッシングに皆で囲む食卓。
短刀たちと疲れるぐらいに遊び走り回って、ともに湯に浸かり夜は並んで眠る。
おやつを食べながら打刀たちと何気ない会話を楽しみ、大太刀たちの膝の上で昼寝をする。
朝の挨拶の際は太刀たちに頭を撫でられ、内番をこなす槍、薙刀たちの手伝いをすれば「ありがとう」と感謝の言葉をもらえる。
自分にとってはもう当たり前の日常。
しかし、『道具』にとっては必要のない日常。
そう。その管狐と出会ってわかったのだ。
自分は恵まれている、と。
だからこそ、こんのすけはその管狐の力になりたかった。
『幸せ』の定義はわからないが、今の自分はきっと幸せだ。道具でもこうして『幸せ』を得られるのであれば、兄弟とも呼べるあの管狐にもそれを得てほしい。
だって、あの管狐はとても寂しそうに見えたから…――
「まぁ、その審神者さんが怖がるのもわからなくはないけど…」
「えっ?! で、では、主様も私のことを恐ろしいと思っておられるのですか??」
名前の言葉に俯いていた顔を勢いよく上げ、焦った様子で彼女の膝の上へ前足を立てるこんのすけ。
酷く悲しむその表情に名前は一瞬驚き目を見開くも、すぐに笑みを浮かべると優しくこんのすけの頭を撫でてやった。
「大丈夫。そんなこと思ってないよ」
この一言にこんのすけはホッと息を吐く。
安心させるようにゆっくり、優しく、何度も頭を撫でる名前の手がとても心地良い。
その心地良さに目を細めればクスッと小さく笑う名前の声が聞こえた。
「多分、その審神者さんは伝達してる時の管狐くんが怖く感じるんじゃないかな」
「?? と、申しますと…?」
「ほら。こんちゃんもそうだけど、上からの指示を文面通りにいうでしょ? 仕事だから当たり前なんだけど、言葉に感情がこもってないと高圧的に聞こえちゃうんだよね。それが恐怖心を煽ってるんじゃないかな」
「実際、上としては圧力かけたいんだろうけどね」といいながら苦笑いする名前。
言われてみれば、確かに指令を読み上げている時は何も考えずに言葉を発している。
もう少し明るく砕けた口調で話すべきだろうか。だがそれはなんだか違う気がした。
大切な仕事だからこそ真摯な態度で取り組むべきだと思うのだ。
では、一体どうすれば良いのだろう。
険しい表情で急に黙り込んでしまったこんのすけに名前は苦笑いする。それと同時になんだか微笑ましくも嬉しく思ってしまった。
不慣れながらも、この子は今、誰かのために一生懸命なのだと。
「ん〜…まずはコミュニケーションを取ることから始めてみたら? 私たちみたいに、なんでもいいから仕事以外の関わりをもつの。例えばお菓子を用意して一緒にお茶をする、とか」
「コミュニケーション…」
気持ち、意見を言葉などで伝え『分かち合う』こと。コミュニケーション。
そうだ。彼らには『会話』が足りないのだ。
あの管狐に提案してみよう。
自分も最初は名前となにを話せば良いのかわからず悩む毎日があった。その時の経験を共有すれば少しは力になれるはず。
もらったアドバイスを噛み締めるように何度か言葉にするこんのすけ。
そんなこんのすけの様子に名前は更さらに笑みを深める。
「…こんちゃんは優しいね」
「優しい、ですか?」
早速あの管狐へ情報を共有しよう。きっと上手くいく。
嬉しいような、楽しいような。
逸る気持ちでそんなことを考えていると、不意に名前が自分を『優しい』と表現した。
その言葉に今度はこんのすけがその目を丸くし彼女を見上げる。
「うん。こんちゃんが優しい子で、私はとっても嬉しいよ」
「……」
見上げた名前の表情は暖かく、眩しいらいに優しい笑顔だった。
自分が優しいというのなら、彼女はその何倍も優しい。
生まれる前から決められた存在意義。他と代わり映えのない量産型。
与えられた任務をただ黙々とこなすだけの道具であった自分に、名前は『自分で考える』という権利を与えてくれた。
自分は何を望むのか。相手が何を望むのか。
考えることは個なのだと。それが個性だと教えてくれた。
個を得た道具の世界はとても明るく、楽しく、穏やかで、優しくなった。
「はい、いい子なこんちゃんへ厚揚げあげる」
「!! はぐー♪」
この世界を管狐たちにも共有できたらいいのに――