それは昨年の春。青葉が目立つ桜の枝にまだ花弁が残っていたころ。
校内新聞の特集で、新入生でもあり星月学園初の女子生徒を取材した記事を載せよう、という企画案が新聞部であがった。

このむさ苦しいともいえる学園の、いわばアイドル的な存在となった生徒。その女子生徒というのが天文科の夜久月子と、星詠み科の名字名前だった。

「取材、ですか?」

成功すること間違いなしのこの企画。そんな彼女たちへの取材を買って出たのは桜士郎だ。

「大丈夫、プライバシーはちゃんと守るからさ!」

三つ編みおさげにゴーグル着用というなんとも奇妙な姿をした彼に、当初こそ表情を引きつらせていた名前ではあったが、何度か言葉を交わすうちにすっかり打ち解け、インタビューの終盤では自然な笑顔を桜士郎へ見せるようになっていた。

そんな彼女の第一印象は気遣いのできる優しい女の子。
実はすでに月子への取材を終えていた桜士郎は、まさに正反対ともいえる二人の性格にとても驚いていた。活発で、明るく愛くるしい妹気質の月子と、サバサバとした物言いで姉御肌を感じさせる名前。

だからそれは、本当に素朴な疑問だった。

「そういえば、名前ちゃんは天文科の夜久月子ちゃんと、それに東月錫也くん、七海哉太くんの三人と幼馴染なんだってね。やっぱり、名前ちゃんは昔から月子ちゃんの『お姉さん』的な存在だったの?」
「……」

この何気ない問いに対して冷たく細められた名前の瞳。その表情に桜士郎は言葉を詰まらせ目を見張る。
しかしその冷たさは一瞬にして消え、名前は何事もなかったかのように「さぁ?」と笑ってみせた。
彼の質問には答えないまま。

その後、どこか気まずい雰囲気のまま続けられた取材。
だが明らかに自分との間に壁を作ってしまった名前に、桜士郎は理由もわからないまま自身の言葉に酷く後悔した。


結局、名前とのわだかまりを取り除くことのできなかった桜士郎は、その日得た彼女たちに関する内容を記事にすることはなかった。


Not suitable.
-
相応しくない-


この学園で迎える四度目の春。最後の春がやってきた。
すでに桜の花は散り、青々とした葉が暖かい日差しのもと色濃く揺れている。

「おっ」

ふと、無意識に上げた視線の先に見つけた一輪の小さな桜の花。おそらくこれが最後の一輪だろう。
枝先で風に揺れる小さなその花へカメラを向けて、桜士郎は迷うことなくシャッターを切った。

「……」

覗き込んだレンズの向こう。不意に見知った生徒の姿を見つけて目を細める桜士郎。
風になびく長い髪と、凛としたその姿は出会って一年が経った今でも目を見張る。

生徒の名前は星詠み科二年、名字名前。
足早に歩く名前を目で追うものの、通り過ぎて行く彼女が桜士郎に気がつくことはなかった。


悔いのない一年を過ごすように。


それは四月の初めに行われた始業式で、教師が生徒たちへ向けて言った言葉のひとつだ。とりわけ、三年生である桜士郎はこの言葉を強く噛み締めていた。

きっかけは彼女が見せた冷たい眼差し。

傷つけてしまった。償いたい。
そんな気持ちから、名前について調べているうちに桜士郎は知ってしまった。彼女のまわりで複雑に絡み合う無数の糸と、その糸の先を。
それを知ったとき、どうすることが彼女にとって最善なのか桜士郎にはわからなかった。



「どうだ、生徒会へくる気にはなったか?」
「ハァ。毎度毎度…答えは【NO】よ」

もはや学園名物にもなりつつあるこの光景を、桜士郎が見たのは昼休みの屋上庭園。名前と一樹、二人の様子に周りの生徒からは「またか」と笑い声が上がる。

生徒会長である一樹が、名前を生徒会役員へ任命したのは彼女がこの学園へ入学したその日のこと。まさに入学式の最中、壇上へ上がった一樹はこともあろうに天文科の夜久月子、神話科の青空颯斗、そして星詠み科の名字名前を名指しし半強制的に生徒会への参加を言い渡したのだ。
しかしその後、月子と颯斗の二人が役員となったなか、名前だけは頑なに生徒会への参加を拒み続けていた。

課題などで忙しいだとか、生徒会が面倒だとか。半ば意地の張り合いでもあるのかもしれない。
この一年、名前は事あるごとに勧誘してくる一樹に変わらない返答を繰り返す。

ちょっと前までの自分なら、そんな二人の姿をほかの生徒たちと同じように笑って眺めていただろう。
けれど今、桜士郎は二人の様子に胸を強く痛めていた。
どちらの想いも理解している。だからこそ、なにもできないこの状況がもどかしい。

「なになに? 一樹、またクイーンちゃんをストーカーしてるわけ??」
「なっ! 桜士郎、お前また誤解を生むような表現を――」
「そうなんですよ。このストーカーしつこくてすごく困ってるんです。なので桜士郎先輩には是非、この一年に渡る被害を記事にまとめて全校生徒へ広めてもらいたいですね」
「おいっ!!」

叩けば鳴る鐘のように。互いにそれを理解し、まるで楽しみながら言葉を交わす名前と一樹。
二人はどこかか似ている。
そんな二人と交わす会話はいつも賑やかで、一樹と一緒に名前と過ごす時間は桜士郎にとって心地がよかった。

“友人”と呼ぶには曖昧で、けれど“他人”と突き放すには近く、相手を知り過ぎた。

「お前が生徒会に入ったら、なんの役員につくか気になるだろ?」
「全然気にならない」
「喜べ! お前には“会長補佐”という名誉ある仕事をだな――」
「それじゃ、私もう教室に戻るから。お先に失礼します、桜士郎先輩」
「うん。またね、クイーンちゃん」
「って、人の話は最後まで聞け!!」

スルリと一樹の隣をすり抜けて、逃げるように背を向ける名前に一樹の声が飛ぶ。

「あーあ。また逃げられちゃったねぇ、一樹」
「ったく。アイツも月子に負けず劣らず頑固だな」

既にこの場から消えた名前の姿に頭を()き、大きくため息を吐く一樹。しかしその呆れた物言いとは裏腹に、彼のその表情は酷く険しいものだった。

その日の放課後。生徒の姿も(まば)らな図書館で、窓際の席に座る名前を見つけた桜士郎。
目の前に広げた本から顔を上げ、春雨の降る窓の外を見つめる姿がどこか悲しげで、桜士郎は声をかけられずにはいられなかった。

「やぁ、クイーンちゃん」
「?? 先輩…」
「席、ご一緒してもいいかな?」

この問いかけに、「どうぞ」と笑みを浮かべて見せた彼女に胸を撫で下ろす。
椅子を引き、腰掛ける。ただそれだけの動作音が、静まり返る館内に大きく響き渡った気がした。

「課題?」
「一年のときのなんですけどね。私だけまだ終わってなくて…」

机の上に広げられた分厚い本。星詠み科の課題だというそれは名前によって手早く閉じられ、桜士郎が内容を確認することはできなかった。
といっても、星詠み科でもない自分が見たところで、内容を理解できるとも思わなかったが。

窓辺に滴る雨音が二人の時間を埋める。

「――…ごめんなさい」
「えっ?」

しばらくの沈黙のあと、名前の不意な一言に瞳を丸くしたのは桜士郎だった。
謝られるなんて予想もしていなかったのだろう。まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする彼に、名前は声を殺して笑う。

「ちょっと、クイーンちゃんそれは笑い過ぎでしょ」
「くっ、ごめ――」

しまいには目尻に涙を浮かべて笑う彼女を桜士郎ジト目で見つめた。一体なんだというのだろう。

「あははっ、本当にごめんなさい」
「それは笑ったことに対して言ってる?」
「んー…両方、ですかね」
「??」

目の前で苦笑いする名前の意図がわからない。
首を傾げる桜士郎に対して、名前は視線を窓の外へと移した。その視線を追う桜士郎。

「っ、?!」

息が止まるとはよくいったもので。固唾を飲み込み、その視界に映る人影から桜士郎は目を離すことができなかった。
彼女の前では特に。

「――ホント、生徒会のメンバーってみんな楽しそうですよね」

傘をさし、並んで歩く生徒会役員の四人。室内から彼らの声は聴こえないが、四人が浮かべた笑顔から楽しさがこちらに伝わってくる。
名前の声に視線を戻せば、自分を見詰める彼女と目が合い驚いた。

今にも泣き崩れそうなその笑顔が胸に痛い――

「去年、私と月子に取材したとき、私たちが“幼馴染”だって聞いてたのに記事にしなかったですよね」
「…うん」
「ありがとうございます。それから、ごめんなさい。せっかくの大スクープだったのに、なんだか気を遣わせちゃって…」
「……」
そう言って、再度窓の外へと目を向ける名前に内心首を振る。

『しなかった』のではない。『できなかった』のだ。
もう誰も傷つけたくなかったから。傷つけてしまうのが怖かったから。
記事にすることで、目の前の彼女を傷つけてしまうと思った。

だからこれはただの自己満足。

「なかなかタイミングが合わなくて、お礼を言うの遅くなっちゃいましたけど…」

「本当にごめんなさい」と、小さな声で謝罪の言葉を口にする彼女は、普段の姿からは想像できないほど弱々しく映る。
窓の外。四人の姿が見えなくなるまで見詰め続ける名前。
彼女はなにを考え、感じているのだろう。
あんなにも生徒会を拒絶していた名前が、今は生徒会(かれら)を羨ましげに見詰めているようにも見えた。

「名前ちゃんはさ…一樹たちと、一緒には居たくないの?」
「……」

微かに歪む表情。

――やってしまった。
また、彼女を傷つけてしまった。

桜士郎の言葉に、いつの日かのように「さぁ?」と笑って“気持ち”を隠してしまった名前。
気持ちを隠されてしまえばこちらはどうしようもなくて。桜士郎は唇を強く噛み締め口を(つぐ)んだ。

どうして自分は、いつも彼女を傷つけてしまうのか。もし自分が一樹のように強ければ、彼女をその黒い世界から救い出すこともできたのだろうか。
不毛な考えはなにひとつ答えを生み出すことはなく、二人の間にはサラサラと窓を伝う雨音だけが響く。



彼女を救えるのが自分でありたいと願うのは、あまりにも分不相応な気がして胸が苦しくなった。


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