12月。この時期になると生徒会はとても忙しくなる。
なぜなら、毎年クリスマスには生徒会が主催するパーティーが行われるからだ。
噂によればとても盛大な(もよお)しらしい。
実際のところ名前自身は去年のパーティーに参加しなかったため、詳しいことはよく知らない。
とにかくとても忙しいらしい。それはもう、猫の手も借りたいくらいに…。

「もちろん、手伝ってくれるよな?」
「…はぁ」

星詠み科2年生の教室。どうして3年生である一樹がここに居るのか、という疑問は抜きにしても、わざわざ移動時間を使って自分のもとへきた彼に名前は大きなため息を吐いた。
なんでもパーティーで用意するツリーの飾りつけを手伝ってほしいらしい。

「なんだ、そのため息は」
「相変わらずあなたはバカだな、って思って呆れてるの」
「お前なぁ…仮にも【彼氏】に向かってバカはないだろ」

眉を寄せ、少しだけムッとした顔つきになる一樹。
その顔がなんだか寂しそうにも見えたが、名前はそれに気づかないフリをする。

「お断り。私、生徒会じゃないし。ご存じのとおり、星詠み科は課題が難しいからそんな暇もない」

そう言って一樹に目も合わせないまま席を立つ名前。次の授業が別の教室で行われるため、気がづけばこの室内に残っているのは名前と一樹の二人だけだった。

「【恋人】として頼んでも駄目か?」
「【恋人】ならなおさら頼まないで」

呆れ半分。怒り半分。といった感じで自分を睨みつける恋人に、一樹は困ったように笑う。
その眼差しに少しでも甘さがあれば今すぐにでも口付けるのに。

「ならお前も生徒会になればいい」
「まだ諦めてなかったの?! もう引退なんだから、いい加減にほかのことを考えなさい」
「言っとくが、俺が生徒会長の間は絶対に諦めないからな!」
「変なところで頑固にならないでよ…」

二人が付き合い始めたのは梅雨も明け、まだ夏が始まったばかりのころ。
名前がこの学園に入学してからというものの、毎日飽きもせず生徒会への勧誘を続ける一樹を、名前は当初とても毛嫌いしていた。
なにより、当時名前は幼馴染である月子、哉太、錫也の三人を嫌い避けていたため、生徒会のメンバーに月子がいる時点でその誘いを受け入れることはけしてなかった。

それから一年半。様々なことが起こり、今では以前にも増して月子とともに過ごす時間が多くなった。幼馴染との関係はとても良好である。
それは同時に、名前と一樹の関係にも変化をもたらした。

月子(あいつ)もお前が手伝ってくれれば喜ぶぞ」

一樹は月子の名前を出せば名前が断らないことを知っているのだ。相変わらず彼はズルい。

「わかった。手伝う」
「……はぁ」
「?? なによ。手伝ってあげるって言ってるのに、不満そうね」
「当たり前だろ。俺が頼んでも駄目なのに、あいつが頼めばいいのか」
「一樹とあの子は違うもの」

なに食わぬ顔でこう言う恋人に、一樹は深いため息を吐いた。それはなんだか自分よりも月子のほうが大切だと言われてるようにもきこえて、少しムッとした気持ちになった一樹は仕返しのつもりで名前を抱き寄せ腕の中に閉じ込める。
そんな一樹に文句の一つでも言おうと顔をげ、名前が口を開いた瞬間その口は彼によって塞がれることとなった。

「!! …んっ…は、ぁ…ちょ…じゅ、ぎょ…遅、れ…っ!」
「あと少しだけだ。…な?」

キスの合間に吐き出された甘い息と言葉。徐々に体重を自分へ預けてくる名前に一樹の瞳が細くなる。
熱を帯びゆらゆらと揺れる鋭い眼差し。

あぁ。やっぱり彼はズルい…――

頬に添えられた手に、名前は内心諦めたようにため息を零しその瞳を閉じた。


A lie cannot live.
-
嘘は生き続けることなどできない-


終業式を終え、迎えた冬休み。校内には明日から始まる冬休みを前に、浮き立つ生徒たちの姿で溢れかえっていた。
そんな生徒たちを横目に名前は足早に終業式を終えたばかりの体育館へと向かう。

「名前!」
「ごめん、月子。遅れた?」
「大丈夫。実は私もいま着いたばっかりなの」

体育館へ入るとすぐに月子の姿を見つけ名前はその肩に手を置いた。名前の姿に顔をほころばせる月子。そんな月子の表情に名前の口も自然と()を描く。
と、不意に響き渡る大きな声。二人は顔を見合わせたあと、その声の主へ顔を向けた。

「翼! そのへっぽこをこっちによこせ!」
「へっぽこじゃな〜〜〜い! これは【ぬくいぬくいマシーン貫井(ぬくい)さん1号デラックス】だー!!」
「なんでもいいが、その導火線はなんだ? と、とにかくボヤだけは起こすわけにいかないんだよ!!」

館内を駆け回る一樹と、生徒会メンバーで宇宙科1年生の翼。
ドタバタと響く二人の足音に名前は瞬きを繰り返す。

「相変わらず騒がしいわね、生徒会は」
「あ、あはは…」

名前の呆れた声に月子は苦笑いするしかない。
その後、この二人は同じく生徒会メンバーである神話科2年生の颯斗によって制裁を受けるとこととなった。

それからちゃくちゃくとツリーの飾りつけは進み、気がづけば日は暮れ外は夜になっていた。

「よし、みんな! 今日はここまでだ!」

一樹の言葉に皆作業の手を止める。今日はどうやらこれで解散のようだ。
片づけを始める生徒たち。名前もゴミを集める。
ふと、一樹に目がゆく名前。
彼はいつも誰かに囲まれている。誰にでも好かれる性格なのだ。
そんな私も彼を好いている人間の一人なのだが。

楽しそうに笑う一樹の顔に胸がチクリと痛む。
彼は私と一緒にいるとき、あんな顔をしたことはあるだろうか。

「……」

そこまで考えて名前は息を吐く。なんでも後ろ向きに考えるのは自分の悪い癖だ。
名前は止まっていた手を動かし始めた。
しかし急に騒ぎ始めた生徒達が現れ、その手は再度止まる。

「おーい、お前ら、ふざけてるんじゃない!」
「げっ、会長!」
「やっべ……逃げろ〜……うわっ!」

ふざけていた生徒たちが一樹に注意され、その場を離れようと駆けだしたときその中の一人が振り向きざまにツリーへとぶつかった。
「危ない」。そう思ったときにはバランスを崩したツリーがミシミシと音を立て、傍らにいた月子へ向かって倒れこんだ。

「、月子!!!」

突然のことに身動きの取れないでいた月子。名前の顔からいっきに血の気が引く。
誰もがぶつかると思ったその瞬間――

「月子!」
「っ!!」

大きな音とともに倒れたツリー。その拍子に飾り付けていたオーナメントが辺りに散らばる。
騒然とする生徒たちの視線の先には、月子を抱き締め座り込む一樹の姿があった。
ツリーが倒れこむ寸前に一樹が彼女を助けたのだ。

「会長! 月子さん! 二人とも大丈夫ですか?!」
「怪我は?!」

二人のもとに駆け寄る生徒たち。

「……」

その様子を、名前はどこか遠目に見詰めていた。

月子をその腕に抱き締め何度もその頭を撫でる一樹の手。
優しく細められた瞳に名前の胸が大きく軋む。

触らないで…――!!

「ッ―!!」

名前は自分を抑え込むように体を強く抱き締めると、静かにその場をあとにした。



最低だ…私。



――指定席にもなっている屋上庭園のベンチ。そこに頬を伝う涙を手で拭い、空をジッと見上げ続ける名前の姿があった。
だが残念なことに、今日は雲が分厚く星を見つけることはできなかった。
冷たい風が吹き抜ける。へんに火照った体には丁度いいかもしれない。

「……はぁ」

なんて自分は傲慢で、醜く嫉妬深いんだろう。こんな気持ちは大切な人を傷付けるだけなのに。
自分はそれを誰よりも理解してるはずなのに。誰よりもそれを恐れてるはずなのに。

脳裏を過る先程の光景に名前の息が詰まる。

なんでもない。あれは事故だった。
彼がああしなければ、月子は大怪我をするところだった。
だからなんでもない。…なんでもない。

「、きらい…大嫌い。私なんて、大嫌い…ッ!!」

結局自分はなにも変わってないんだ。それを突きつけられたような気がして絶望する。
こんな私なんて、消えてしまえばいいのに…――

「それは残念だ。俺はお前のことが大好きなのにな」
「?!」

突然背後から回された腕。微かに香る自分のよく知った香水。耳元で聴こえた低い声。
すべてが【一樹】を形作るもののひとつだった。

「どうした? また苦しくなったのか??」

名前の首元へ唇を寄せ頬をすり寄せる一樹。
まるで逃がさないとでもいうかのように、抱き締める腕に力をこめる彼に名前から涙が溢れ出る。

「だって…一樹が、月子に触ってて…でも、触れて…ほしくなくて…っ頭の、中…グチャグチャ、に…っ」
「それって…つまり、月子にヤキモチしたってことか?」
「、一樹に…他の人に、触ってほしくないっ…!!」
「……」

嗚咽で半ば自分でもなにを言ってるかわからなくなる名前。
もう、なんだか色々最悪な気分だ。

「…………はぁ」
「ッ―?!!」

なんとか涙を止め、呼吸を整えようと名前がたどたどしく深呼吸を繰り返していると、不意に大きなため息とともに背後から回されていた腕から力が抜けた。
もたれかかるように身体を背中に預けられたことで、なにが起こったのか理解できず不覚にも名前の涙が止まる。

「かず、き…?」
「お前なぁ…。こういうときばっかり、そういうことを言いやがって…」
「??」
「普段はそんなこと一言も言わねーじゃねぇか」
「え、っと…意味が、わからないんだけど…」
「あぁ! くそッ!!」

首を傾げる名前に、一樹は荒く自分の頭を掻き大きな声を上げると、素早く名前の頬に手を添え深く噛みつくようにキスをした。
突然のこの行動に驚いた名前だったが、その熱く溶けそうなまでのキスにゆっくりと目を閉じる。息吐く間もなく何度も繰り返される深いキスから名前が解放された時には、冷たい風に冷え切っていたはずの体は完全に熱を持ち、その瞳は涙で潤んでいた。

「お前、本当に俺のことが好きだったんだな」
「?! あ、当たり前でしょ…!」
「だってお前、散々俺のことをバカとか嫌いだって言ってただろ」
「っ〜! それは――」
「だーかーらー。…嬉しんだよ、俺は」
「あ…」

優しく細められた瞳に名前の胸が跳ねる。
この人はなにを言ってるんだろう。私が彼を本当に嫌うなんてこと絶対にないのに。

「…好き」
「??」
「好き。大好き。誰よりも、一樹が一番好き」

名前の言葉に瞳を大きく見開く一樹。
そのあとすぐに優しく微笑む一樹の顔に、名前は自分でも彼をこんな顔にすることができるんだと嬉しくなった。
同時に、この顔を知ってるのが自分だけならいいのにと思ったけれど、それは自分が嫌いな黒い感情とはまた違う。



どちらからともなく重ねられる唇。それは、これまで彼に伝えた「嫌い」という言葉が消えてなくなった瞬間でもあった。


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