人里離れた道を夕日に向かって、一台の馬車が通っていた。
馬車に乗っているのは、二人の男性。
一人は20歳前後の優しそうだが少し頼りなさそうな青年。
もう一人はシルクハットを被った、どことなく優美な雰囲気が漂っている端正な顔立ちの男性だった。
ふとその口元がうっすらと笑みを浮かべた。
「…ずいぶんと大きな荷物ですね」
青年の横に置かれた大きな袋に視線を向けながら、男性が言った。
青年は一瞬目を瞬かせて、それから苦笑を浮かべてそっと袋に手をあてた。
「どこかへ移住でもなされるんですか?」
男性の問いに、青年はええと頷く。
「数日前までとあるお屋敷で使用人をしていたんですが、そこでちょっとした騒ぎがありましてね。暇を出されたので、田舎へ移り住もうかと…」
男性は口元を吊り上げ、顎に手を当てた。
「ほう…お一人でですか?」
すると青年はいえ…と少し恥ずかしそうに俯いた。
それを見た男性は、面白そうに目を細めて言う。
「おや、誰か心に決めた方がおられるようですね…」
青年は頬を赤らめながらも、嬉しそうに頷く。
「では、その方とご一緒に?」
「ええ…。彼女も最初は田舎なんて…と渋っていたんですが、あの騒ぎがあって、どこか静かな所でゆっくり休みたいと。…それで、前々から気に入っていた山奥の家で二人でひっそり暮らそうかと思いまして…」
「というと、この先のカージュの森の奥にあるあの家ですか?」
男性が尋ねると、青年は少し驚いた様子で顔を上げた。
「よくおわかりになりましたね」
男性は口元に笑みを浮かべて、窓の外に目をやった。
「何年か前にちょっとお邪魔したことがありましてね。若い男女が二人で暮らすにはとても良い場所ですよ」
男性がそう言うと、青年は目を輝かせて身を乗り出した。
「そうでしょう?以前近くを通りかかったときに見つけて、いつか彼女とこんな家で暮らしてみたいと思っていたんですよ。あそこなら他に家もないし、彼女も落ち着けると思って」
「ええ、そうですね。周りは美しい緑に囲まれて静かですから、きっと気に入ると思いますよ」
そこまで言ってから、男性は少し声のトーンを落として真っ直ぐ青年を見て言った。
「ところで…移り住むきっかけとなった騒ぎというのは何ですか?」
青年は少し言葉を詰まらせたが、嫌な顔はしなかった。
「目的の場所へ到着するにはまだ結構時間がありますし、宜しければ話して頂けませんか?……勿論、差し支えなければですが」
男性が言うと、青年は苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「話すのは構いませんが…あまり面白い話ではないですよ。よくある他愛もない話ですから」
しかし男性はさらに興味を引かれたようで、組んでいた足を戻して身を乗り出して言った。
「まあそう仰らずに。…私は旅をしながらそこで出会った方のお話を聞くのが好きなんですよ。…旅をしていると色んな方に出会うでしょう?その土地特有の話や、どこにでもあるありきたりな話。そういったお話を聞いて、物語を書くのが趣味なんです」
「へえ…ひょっとして小説家さんですか?」
青年が尋ねると、男性は笑って首を振った。
「いえいえ、そんな者ではありませんよ。私のは単なる趣味です。ですから、どうぞ気楽に…。暇潰し程度にでもお話頂ければ」
そう言われて、青年はすっと肩の力が抜けたようだった。
「そうですか…。それじゃ旅のついでに、お話しましょうか。……ある屋敷で起きた他愛もない事件のことを……」
そして青年は、懐かしむかのように、ぽつりぽつりと話し始めたのだった。