vivere


 何故、旅立ったのか。今となっては思い出すこともままならない。
 何故、歩いているのか。
 何を目指しているのか。
 記憶の断片を集めてみても、それらは見つからない。

 うだるような暑ささえなければ、この黄金の地は、人々の夢を掻き立てるのに十分であろうと思われた。しかし、思考力さえ奪ってゆく太陽の前には、何もかもが無意味に感じられてしまう。
 彼は、目深に被ったフードを少しずらし、滴り落ちる汗を手の甲で拭った。
 時折吹く風は、足元まであるマントを軽くなびかせる程度で、何の慰めにもならない。

 彼は、ふと立ち止まった。
 何故、歩かなければならないのか。
 ゆっくりと振り向いてみる。しかし、その方向が歩いてきた道なのかどうかさえ、すでにわからない。
 彼は足元に視線を落とした。薄汚れた靴だった。何年も履いて、履き古したような靴。もとの色はすでにわからない。
 それは自分の物だっただろうか。己の心の中で呟く。だが、答えは返ってこない。
 汗が頬を伝い、数滴、足元に落ちた。黄金の粒子は、見る間にそれを吸い尽くす。

 何故、歩くのか。
 何を求めて。

 彼は視線を巡らせた。一面が黄金の世界。滑らかな曲線を描き、幾重にも重なったそれらが、周囲を囲んでいるだけ。どの方向が正しいのかもわからない。どこから来て、どこに向かうのか。確かなことは何一つなかった。自分がここにいる、それさえも現実感がない。

 諦めてしまおうか。
 そんな考えが、脳裏を過る。
 それは一瞬で彼の心を捕らえた。

 諦める。
 何を。
 考えることを。
 歩くことを。
 ――すべてを。

 彼はまたゆっくりと歩きだした。踏み出す足が、僅かに地に埋もれる。
 それは無意味なことかもしれない。

 考えることも。
 歩くことも。
 諦めることも。

 それでも彼は歩きだす。歩かなくてはならない。何故かはわからない。意味はないかもしれない。

 それでも――

 彼は歩き続ける。






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