好きな女に馬乗りされて嬉しくないわけはないが、いかんせん今の状況は嬉しいとはいえない。俺に全てを奪われた彼女は瞳孔の開いた目で俺を睨むように見下ろし、乱れた呼吸で肩を上下させ、両手に握ったナイフを俺の胸に突きつけようとしていた。その憎しみのこもった目とは反し手は震え、俺を刺そうか刺さないか迷っているようであった。
刺すなら刺せばいい。その憎しみを俺にぶつけろ。憎まれるのには慣れっこだが彼女に対する罪の意識に苛まれるのには既に限界がきていた頃だ。ちょうどいい。一思いにしてくれ。
無表情で彼女の瞳を見つめ続けていると、彼女はフッと笑ってナイフを床に落とした。


「殺さないのか?」

「私にはできない…だってあなた…血を流してる…」

「血なんて流してないが」

「違う…傷ついてる。いっぱい、深く、とても……多分それは、」


彼女はそこで言葉をきり俺の体から降り立ち上がった。身動きができるようになった俺も立ち上がり彼女の言葉の続きを待った。彼女は俺の目を見つめ、一呼吸起き先程の言葉を紡いだ。


「私のことが好きだから」


驚いたなんてものじゃなかった。言葉を失い一瞬思考が停止した。馬鹿な。何故わかった。何故だ。
彼女はゆっくりと俺に近づきながら再び話し始めた。


「変よね…私を傷つけてきたあなたが私を好きだなんて。でも復讐のためにあなたを追い続けてるうちに気づいたの。これは確信よ」


俺の前まで来ると立ち止まり、肩に手を乗せ唇が触れそうな程彼女は顔を近づけてきた。彼女の細く長い指は俺の肩から喉元を這い首を締めるように覆った。
あの夜と同じ濡れた長い睫毛が、俺が貪った赤く小さな唇が、俺が抱いた華奢な体が今目の前にあるというのに俺は何もいえず、何もできずに突っ立っていた。


「やっと家族と私の復讐が叶うところだったのに…殺してやりたい程憎いはずなのに…」


なら殺してくれ。俺はそればかりを願ったがついにそれが叶うことはなかった。彼女は手を下ろすと俺から離れた。


「これ以上傷つけあわないよう私は二度とあなたの目の前には現れないわ」


残酷にも彼女はさよなら、というと踵を返し去っていった。残された俺は操り人形の糸がきれたようにその場に崩れ彼女のいた場所を見つめ続けていた。









復讐、そして死
(それがおまえの復讐をじゃねぇか)


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