椅子に座り待つこと数十分。ようやく彼は看守に連れられてやってきた。入口で看守と何やら会話を交わして、舌打ちをしてこちらを一瞬だけ向いた。見ない内に髭が少しはえてきたようで顎や口元を擦りながら私の正面の席にドカッと音を立てて座る。この小さな机分しか距離はないのにすごく遠く見える。彼は顔は背けたままだけど目だけは私を向いている。それが睨んでるようにも見えて話が切り出しずらい。約一年も牢屋なんかに入れられてたらこんなにイライラするのも無理はないとわかっていても、一時お互いペンフレンド以上の感情を抱いていたのを思い出せばつらいものがある。それになによりも罪悪感が増す。
先に謝ろうかな。でも謝ったとこでまた睨まれそうだから当たり障りのない話題で話しだそう。


「窓ガラスなしの面会、やっと承諾されたの」

「今回は邪魔がいるみたいだけどな」


彼が看守の人に目線を送るので私もつられて見ればちょっと睨まれた。なんで二人してそんな態度…?
私が黙り込むと光平も黙って、ひげが気になるみたいでまだ擦っている。じょりじょりしてそう。触りたくはないけど私まで気になる。


「ひげ、伸びたね」

「ま、まあな。明日剃る予定だったけど、おまえが来るなら今朝剃れば良かった」


急に表情を和らげ机に片肘で頬杖を付くものだから少し驚きつつも光平の不審な行動を考えた。彼は嘘をつくとき挙動不審になるから何かあるのかもしれない。


「一応三日前に連絡入れてたんだけど?もしかして、また当日に教えられたの?」

「ああ。まあ仕方ないな。例のあれがあれだしな」

「そのあれについてだけど…」


手元の書類を縦に持ちかえて話そうとすると「なあ」と中断された。光平の目が少し泳いでいて挙動不審だ。


「なに?」

「キス、しようぜ」

「は?」


何を言い出すかと思えばなんなの?キスって何…?


「半年くらい俺たちナニもしてないだろ?だからせめてキスぐらいさせろよ」


元から何もナニもしてませんが?ちょっと看守がいるのにこいつ…!
私は焦るあまり、光平の意図も考えずあわあわしてると、足を踏まれアイコンタクトをするかのように光平は目で何かを訴えてきた。うん、わからない。何がしたいのよ。
光平はガタッと音を立てて席を立ち、片手を机について前屈みになって顔を近づけてくる。視界の角で看守の人が取り乱すのが見えた。私が頭を振って看守さんに光平の行動を否定しようとするが後頭部を捕まれ固定される。光平がギリギリまで口を近づけ目を閉じた(心臓が脈打ち過ぎて死ぬ!)ところで前でバタンと扉が閉まる音がした。
え?え?なんなの?あ、もしかして看守の人を追い出すため?なーんだ、そうなら早く言ってと、自己解決したのだけれど光平は目を開いただけで顔を引こうとせず私を見つめている。え?なにこれ?違ったの?そういう雰囲気だったの?やばっ、恥ずかしいんだけど。私が内心焦る間も光平は怪訝な顔というよりは心配そうな顔になる。


「めんたまになんかつけてるか?」

「いや、コンタクト」


何かと思えば眉を潜めアホなことを聞く光平に私は顔を引いて裏拳で彼の額を叩いた。一気に冷めた。さっきの私の死にそうな心臓に謝れ。危うく止まるところだったんだよ。
てめえ、と言いながら彼は額を擦り怪訝そうな顔して乱暴に椅子に座った。


「おまえ最近収容所の看守に目つけられてるの知ってっか?」

「あなたが?」

「おまえが、だ」

「知らないよ」

「あんま目立つなよ。治安維持局のなかでもよ」

「うん」


とか返事しときながら元から目立ってる記憶はないからこれからもどうするつもりはない。


「ま、看守がいなくなったところだし、結果聞かせてくれよ」

「それが…」


三日前に長官に鷹栖という長期収容所所長の権力の濫用を再度訴え、刑期終了後も収容され続けていた光平の釈放を求める書類は受け取ってもらったけれど、またもや通らなかったことを正直に話した。


「おまえんとこの長官ひでーよな」

「いつもは優しそうよ。ただ仕事となると厳しいだけ。指導者としては最高なの」

「本当に維持局シンパだな」

「なによ」

「べっつにー」


この後、看守がくるまで他愛のない会話をし、私はまた後日いい結果を持って来ることを約束して帰った(でも光平はもう自力でなんとかするとか脱獄するような言い方をしていて焦った)。
家で一人何もできない自分の無力さに泣きたくなったけれど、明日すぐに申請することを決心した。

翌日早速徹夜で加筆修正した書類を長官に渡し、頭を下げて申し出ると、長官は昨日とは打って変わり、「証拠が見つかりしだい明日中に対処しましょう」と穏やかな顔で穏やかに言う。私は驚いてすぐには何も言えずややあって頭を思いっきり下げお礼を言った。しかし本来とても嬉しいはずなのに何か腑に落ちなかった。もう一年も相手にされてなかったのに急に手のひらを返したかのように承諾したのが原因なのはわかっている(ダメだと思って何度も申請してたはわけではないけれど)。でも何か違う。変だ。おかしい。自分は長官を疑っている…?そんな敬うべき人に対して何を考えているんだ自分は!治安維持局に忠誠を誓ったということは長官にも忠誠を誓ったということだ。自分の信念を思い出し、長官について考えるのは止めて、出獄後の光平のお祝いをどうするか考えることにした。


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