ある日Wがまた問題行動を起こしたので怒ると怒鳴られた。しかしここで怯んではいけない。私が怒らないと、Wはだめになってしまう。いつまでも子供のままじゃいけない。大人の私がしつけないとだめなんだ。
「ねぇ、何度言ったらわかるの!」
「うるせぇよ。どうせ俺に何も期待していないんだろ?俺じゃなくてXがもう一人いればよかったな!」
「な、なによ…!」
それ以上言葉がでてこなかった。Wの震える声と私を憎むような目、そして一瞬でも考えたことのあることを見透かされたようにWに言われたのがショックであった。もしかしてこの前Xに言ったことを聞かれたのであろうか。
Wは私に文句があるならいって見ろと言わんばかりに私を睨んだ。私が何もいえずにいると、Wはフッと自嘲気味に笑ってリビングから出て行こうと扉に手をかけたので、はっとして追いかけた。
「ちょっと、待ちなさい!話はまだ…W!」
ばたん、と大きな音をたてて扉を閉め、Wはでていった。
「そんな大きな音たてちゃトロンに怒られるでしょー!」
「知るか!!既にテメーに怒られてんだろっ!!!」
廊下から扉越しにWの怒鳴り声が聞こえた。
私はため息をついて椅子に座りこみ、頭を抱えた。何故うまくいかないんだろうか。少し怒りすぎたかしれない。次は控えめにしよう。次は…って何回目だろう。次はと言ったのは。
「おやおや…随分と騒がしいね」
顔を上げるとトロンが階段からゆったりと降りてきているのが見えた。声からするとあまり怒ってはなさそうだけれど、トロンは騒がしいことを好まないから急に申し訳なくなって、まともにトロンを見れなかった。
階段を降りきったトロンは私の前に来て立ち止まった。
「トロン…ごめんなさい」
「いいよ。ただちょっと気にかかっただけだから」
何が、とは口にださなかったけれどトロンが何を気にかかったのかと思ってちらり、とトロンを見るといつもの感情の読みにくい笑みを口元にたたえている。
「大丈夫かい?」
「ええ…ただちょっと疲れちゃって」
「無理はよくないよ。Wのことは僕とXに任せなよ」
「トロンの手を煩わせるわけにはいかないわ。それにこれは私がどうにかしなきゃいけないの。そうじゃないと、Wはこの先も私にあんな態度をとったままだわ」
「それが君の不安なんだね」
「え?」
「いや、なんでもないよ。何かあったら僕に言うと良い。相談にのるよ」
「でも…」
トロンの気持ちは嬉しいけれど、私はXに愚痴をいうだけで十分だし、トロンに自分をさらけだせるほど私はトロンに心を開いてはいない。別に信用してないわけではないけれど、トロンが今みたいに近くにいても、私はいつも一線引いて接していた。
私は失礼ながら迷った様子をしてみせたが、トロンは優しい声で話し出した。
「Xだけにじゃなくて僕に言うといいよ。君の本音が聞きたいな」
「ありがとう。何かあったら言うわ」
「君は良い子だ」
そっと頭に手を置かれ、撫でられた。自分より身長の低いトロンに頭を撫でられるのは変な気分だけれど撫でられたこと自体は嫌じゃなかった。むしろ嬉しくて笑みが零れた。まるで退行したみたいだ。
IVについての相談はトロンよりXの方が相手として相応しいし話しやすいと思ったけれど、今まで壁を作って接していた分トロンに相談を持ちかけるのも悪くないと思った。