※アンチノミーの妻設定



ゾーンに記憶を消された夫の様子を見に私は噴水広場にある喫茶店によく行く。私の使命はアンチノミーが無事に彼らの信用を得られるかを観察することであり、できるだけ彼らに関わることなく遂行することを義務付けられている。彼らが遠出をすれば私も後を追うが基本暇人な彼らは中々遠出なんてしない。だから拠点を喫茶店にして観察を続けているのだが、喫茶店の常連である私は必然とジャックを中心としたやつらに関わってしまいそうである。まあ今のところは問題ないけれど。

今日もいつものコーヒーを頼み快晴の青い空の下、テラスで薬指の指輪やネックレスをいじりながらぼーとガレージの方を見ていると元キングのジャックが現れた。私の方をちらりとみると、いつものを、とがに股の可愛らしい店員に注文をした。相変わらずジャックはいい男であるが、如何せん偉そうな態度が気にくわない。男はやっぱり忠実でなければだめね。
ジャックは私からは少し離れたテーブルにつき長い脚と腕を組んでいた。

私は先ほどきたブルーアイズマウンテンを飲みながら中の見えないガレージを見つめていた。
居座り続けること数時間後、もう外はオレンジ色の空に包まれていた。ジャックは既にいなくなっていてがに股の子は退勤しているようだ。
できれば今日は今日だけはもう少しいたい。まだ彼を見かけてはいないし、今日は特別な日だから。だけれど私との記憶まで全て消された彼に期待しても無駄である。そう分かっているのに、期待することを止めれない。
はぁ、とため息をつき赤く燃える夕日の空を見上げた。涙が目尻あたりに滲んできた。まばたきをしてたまった涙を流した。
ぼやける視界の端に違和感を感じた。青地に白いボーダーのBとイニシャルの入ったハンカチを誰かが差し出していた。


「アンチノミー?」


もしかして、とハンカチの主を振り返るとそこにいたのはジャックだった。ああ、期待した自分が惨めに思えてさらに涙が溢れ出た。


「アンチノミーが誰かは知らんが受け取れ」

「でも…」

「俺に恥をかかせる気か?」

「…ありがとうございます」


ありがたくハンカチを受け取り涙を拭いた。何故彼は見ず知らずの私に親切にしてくれたのだろうか。
疑問に思いまだ熱を帯びる目で彼を見つめた。


「同じブルーアイズマウンテンユーザーとして見過ごせなかっただけだ。ハンカチは返さなくていいからな」

「助かります」


私が会釈しお礼を述べると彼はふん、といって私の前の席についた。
ブルーアイズマウンテンユーザーであるとバレているということはもう認知されてしまっているのだろう。ジャックの記憶を消さなくては。遊星達の仲間である彼の中に個体として私は存在してはいけないから。


「待ち人来ず、か」

「ええ…まあなんの約束もしていないんですけど」


来るはずなんてない。最初からわかっていた。記憶がないんだから。彼の心にさえ私なんていないだろう。観察を続けてわかったけれど、今の彼には仲間がいて居場所がある。帰るべき場所も彼らのところだと思っているに違いない。本当は別の仲間がいて別の帰るべき場所があるというのに。


「そんなの来るわけがないだろう…といいたいところだが、来るかもな」

「何故?」

「そいつとの絆があれば来るだろう。俺の仲間ならそういうはずだ」

「絆…」


それは不動遊星がいつもいう言葉だったはずだ。その言葉でアンチノミーを懐柔し信用を得たのだろう。不動遊星に対する嫉妬は止まらない。だけれど私は絆という言葉が嫌いではなかった。例えアンチノミーの記憶がなくとも断ち切れない絆があるはずだと心のどこかで思っていたからだ。そして私達の仲間との絆も。


「もう少し待ってみます。もしかしたら…」


最後までは続けられなかった。来なかったときが辛いから。でも望みは捨てない。


「そうか。そう思うなら来るかもな。それにしてもおまえのようなやつを放っておく輩はどんなやつなんだ?」


ジャックの突然の質問に私は少し面食らって答えあぐねていると、とても聞き覚えのある優しい声が聞こえた。


「ジャック!もう、こんなところにいて!遊星達が心配してたよ」


アンチノミーだった。姿こそブルーノと呼ばれる青年だけれど、青い髪に澄んだ銀灰色の瞳は彼そのものである。心臓がとくり、とはね気持ちが高揚する。アンチノミーが来てくれた。


「勝手に心配していろ。今帰ろうと思っていたところだ」

「あ、ジャック!こんなきれいな人とお茶してたの!」


私に気づいたアンチノミーは私をじっと見つめた。きれいな人、だなんて。思わず口元が緩んだ。


「あれ?前に会ったことあります?」

「ふふ…人違いですよ」

「貴様はナンパか!」

「いたっ!ぼ、暴力反対!」


頭を叩くジャックにアンチノミーは両手を上げる。元来彼は平和を好む人であったが意外な一面をみた気がした。
アンチノミーは私に向き合い真剣な顔で自分の胸に手を置く。


「君をみていると何か大切なことを思いださせる気がする…いや、僕は運命すら感じる!」

「え?」


心臓が音をたてて時を刻み始めた。いたんだ。アンチノミーの心には私がいたんだ!
例え記憶を消されても私は消えない。だってアンチノミーの中に私はいるから。ゾーンに勝った気持ちになり、勝手にアンチノミーの記憶を消したときの友人に対する私の怒りが収まった気がした。いや、そんなことよりもこうして会いに来てくれただけでも嬉しい。思わず立ち上がってアンチノミーを抱きしめた。


「ずっと、ずっと会いたかった」







私がいることの証明







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