「すった…」 「え?」 食べかけのお蕎麦を腕でどかしてお気に入りのシルバーカラー携帯のワンセグを閉じてテーブルに突っ伏した。私の心は折れました。自信はあったのに。 ホイミタウルスがきてたと思ったのにまさかの転倒。もう競馬は止めようかな。 「はずれたのね」 私の消沈した様子を見てか、向かいのアキちゃんはため息をつく。彼女のあの禁句に反応せざるを得なく、勢いよく起き上がった。 「ちがーう!すったの!」 「あ、ごめんなさい。すった、ね。でもあまり変わらないわよ」 「チッチッチッ。甘いねアキちゃんは。『はずれた』なんて言ったら次もすっちゃうんだから」 「あ、今言った」 「引用しただけ!」 「ふふ」 怒って反論するとアキちゃんは笑う。素敵な笑顔だ。 最近アキちゃんはよく笑うようになった。それに比例して男女共にアキちゃんに関心を寄せるようになる人も増えてきた。だけど彼らは直接アキちゃんには話しかけない。アキちゃんと仲のいい私に「十六夜さんってどんな子なの?」と聞いてくるのだ。これを聞かれるときはいつも優越感を感じていた。人気になってきたアキちゃんと友達であることを自慢したくってしょうがなかった。だけど最近は喜びより焦りを感じた。私のアキちゃんがとられるかも、て。だってみんなしてアキちゃんと友達になりたいっていうんだもの。アキちゃんの笑顔は私だけのものなのに。アキちゃんが好きなのは私だけなのに。 だからか、最近アキちゃんとの話のネタ作りに必死になってきた。アキちゃんの笑顔がみたくて、会話が弾まなくなるのが嫌で、死ぬ気で作ってる。今日の競馬だって昨日始めたばかり。優しいおじさんに現地で教えてもらったんだ。お金持ちのアキちゃんなら、無縁の競馬には興味がわくだろうって。 毎日毎日アキちゃんのためのネタ作り。正直疲れた。だけどアキちゃんに笑ってほしいから私はずっと笑顔のまま疲れるそぶりなんて絶対にみせない。 次の日、私が新しく買ったブースターの話をしていたとき、ついに私の世界が壊された。アキちゃんが汚されたのだ。ある女の子がいきなり名前を語り、友達になろうなどと言った。当然アキちゃんは戸惑っていた。私はなんて答えるだろう、とハラハラしていた。そう、ハラハラしていたはずなのに気づいたらその子を 刺 し て た。 私はナイフを引き抜いて見つめた。真っ赤な血が燻し銀のナイフを流れている。あ、アキちゃんの色だ。きれい。 鮮やかな赤を指ですくいとり、私の顔に、手に塗りつけた。アキちゃんが私のもので、私がアキちゃんのものである印。 私は悲鳴が一つ、二つ聞こえた。バタバタと近づく足音と遠のく足音が錯綜する中私がアキちゃんに目を向ければ、硬直していた。床に倒れてる子が怖かったんだね。私はアキちゃんに近づいて優しく、きつく、ぎゅっと抱きしめた。 「怖がらないで。もう大丈夫だよ」 追いかける狂器 「ずっとそばにいるから」 (アキちゃんは感激したようで声も出さなかった) |