「オーレ!オーレ!オーレ!」 「ブラボー!ブッラボー!」 うるさい。ただこの一言に尽きる。隣の男はいつの間にやらハンカチを振り回していた。彼の目を隠す黒いサングラスはファン避けどころか、誰も近寄りたくない雰囲気をかもしだしている。彼が振り回すハンカチが時々私の顔に当たっても気にする素振りも見せなかった。周りの客もだ。なにこれ怖い。薄目で競技場をちょろっと見ると、先ほどまで勇敢に闘っていた牛がまだ倒れていて何人かの派手な衣装を着た人が牛の頭の方をいじっている。視力があまりよくないので未だにハンカチを振り回しているアンドレに聞いてみた。 「あの人たちなにやってんの?」 「見ればわかるだろ?賞品用に牛の片耳をとってんだ。それにしても上手いよな!最後の見たか!?剣で一撃だっ!」 「……まあ」 『真実の瞬間』、闘牛は死んだ。人々は美しいく厳粛だというが、国が違えば大分取り方が違うようだ(もちろん自国でもこの国技に反対している人はいる)。私はショックだった。美しいとか言う前にただ残酷としか思えなかった。しかし途中の傷ついて血を流してなおも攻撃を続ける勇敢な闘牛の姿には少しうるっときた。今思い出すだけでも泣けてくる。やべっ。マジ目が潤んできた。 「感動してるのか!なら次はソンブラを取ろうか。こっちで見るよりもっとすごいんだぜ!」 いえぶっちゃけ憐れみの涙です、と言いたいのをこらえ、次は美術館がいい、とだけ返しておいた。 帰りがけ、彼に外で待たされちょっと期待していたが、萎えた。売店で巨大闘牛の人形を買ってきやがった。しかし彼の笑顔とまだ冷めぬ周りの熱狂、そしてこの迫力のある闘牛の人形を見て、さっきの涙は憐れみじゃなくてアンドレの言う感動だったのかと思い直してみた。 両手の指をいっぱいに広げ、顔を正面に人形をつかみあげだ。荒々しく目つきの鋭い獰猛な顔付きだ。 「ブラボー」 「やっぱりよかったろ!?今日はラッキーだったな!あのマタドール、俺が見た中で三番目、いや二番目にうまかったぜ!次見に行くときは俺の中の一番のマタドールのにしてみるか!」 小さく呟いた言葉に対し熱く語りはじめるアンドレに少しイラついた。はっきり言えば闘牛も悪くもないと思う。しかしデートに闘牛を誘う彼を殴りたくなった。 BRAVO 「イテッ!せっかくあげた人形で叩くなって!」 「叩いてるんじゃなくて突進してるの!かわしてみなさいよ!あんたの角なんか折ってやるんだから!」 (前に突き出しまくった人形はボロボロになって帰宅する頃にはフェルトやボタンが取れていたけどそのまま部屋に飾っておいた) |