翌朝8時に迎えに行くと約束したはずなのに、ホテルの部屋に彼女はいなくて、フロントに問い合わせたところ既にチェックアウトしたらしい。どうやら瑠璃を探す前に彼女を探すハメになったみたいだ。必死にホテル周辺を急ぎ足で見て回った。初日にお洒落なカフェに行くとか言っていたから、お洒落なお店を中心にと思ったけど、街自体が発展していて小綺麗でお洒落な店が多く、これは全店回るのには骨が折れそうだ。
僕が見つけるまでどうか無事でいてくれればいいんだけど。いろんな意味で。
何時間もショッピングモールやカフェなどを探し回っても見つからなかったので捜索対象を野外に変更したら、ホテルから大分離れたところにある公園でようやく見つけた。
彼女はベンチに足を揃えてちょこんと座り、ぼんやりとどこかを見つめていた。
「ピヨちゃん!」
走って彼女に寄れば、彼女は僕に気がついたようで無表情なまま僕を見た。
「デニス、そんなに急いでどうしたの?」
「どうしたの、じゃないでしょ!朝迎えにいくって言ったじゃないか!」
「そうだっけ?あーそうだったかも」
「まーた人の話聞いてなかったね」
「ごめんごめん」
「心配したけど、君が無事なら良かったよ」
僕が笑顔でいうと、彼女も昨日のようににこにこと笑顔を返してくれると思ったけれど、予想に反して彼女はまたどこかを見つめて黙ってしまった。何か様子が変だ。
「ピヨちゃん、もしかして元気ない?」
「元気ないというかちょっと・・・」
彼女は僕を見ることもなく短く応え口ごもってしまった。ああ。もしかして、最悪のことになったかも。
「ごはん、食べにいく?」
「食欲、ないかも」
「何で食欲ないのかな?」
「んー朝食べたからかな」
「一人で何食べたの?」
「えーとホットサンドをお洒落なカフェで食べちゃった。ホテルの近くにあっておいしそうで我慢できなかったの。本当はデニスと食べようと思ったんだけど。ごめんね」
ぼんやりとした元気のない様子、食欲不振、聞いてもいないことへの言及。どれも決定打にはかけるけど、彼女は多分この世界の誰かに恋をしてしまったのだろう。
左胸のあたりに嫌な痛みを覚えた。彼女が部屋にいなかった時から心臓がはっきりと脈打っていたけど、それが更に強くなってきた。痛い。苦しい。辛い。
彼女が好きになったのは何で僕じゃないんだろう。
でもまだ遅くはない。流石に彼女からアプローチすることはないだろうから、一早く瑠璃を見つけて帰ることにしよう。それで次の任務で彼女と僕を組ませてもらえるよう取り計らってもらおう。本当はこの次元で彼女と一緒に大道芸をやっていたかったけど、仕方ない。
「ピヨちゃん」
「何?わっ!びっくりしたぁ」
カードを差し出し油断させたところで、花束とすり替えた。本当は今日の大道芸の後に彼女にあげるつもりだったやつだ。今は早く元気に戻ってもらいたい。そして少しでも僕を好いて欲しい。
彼女は少し微笑んで花束を受け取ってくれた。
「ありがとう。赤い薔薇って初めてもらうよ」
「ピヨちゃんが喜ぶかと思ってね。どう?元気でた?」
「うん。本当にありがとう。デニスは優しいね」
はにかんだように彼女は笑った。無理してるような気は一瞬だけしたけど、それでも僕は優しいと言われて凄く嬉しくなってしまった。もっと彼女を喜ばせたい。
「よしっ!じゃあこのままここでショーを始めよう!」
「え!ここで?」
「人もそこそこいるようだし」
この綺麗に整備された公園には遊具で遊ぶ小さな子供や野原の上でデュエルに興じている僕と同い年くらいの人達も何人かいた。僕はデュエルディスクを準備し、彼女にウィンクをした。
「ピヨちゃん、そこで僕をみててね」
彼女はこくりと頷いた。僕は彼女から離れ、呼吸を整えそして声高におきまりの常套句を叫んだ。
「レディースアンドジェントルメン!今から華麗なるショーをお見せします!」