少しでも彼女を苦しめる原因となるもの、それは元恋人や彼女と仲の悪い社員等であったが、その全てを消しても彼女の笑顔は変わらなかった。
気づけば彼女の取り巻く環境を壊してはあの日から何も変わらない彼女に会いに行くことを繰り返していた。ルチアーノには馬鹿にされ、ホセにはワシにもなんとかと言われた気がしたが彼らの言葉等俺にとっては大した意味を持たなかった。
「私、最近何か大切なものを無くした気がするんです」
治安維持局の空いた10人制の会議室で彼女は紅茶の入ったマグを両手で包みながらぼんやりしていた。
向いに座る俺の目を見ることもなく、そこに探しものがあるかのように空を見つめながら話すその表情は相変わらず不快であった。
「その無くしたものは見つかりそうか?」
俺はイライラを隠さずに乱暴に聞いた。
彼女は一瞬驚いたように瞳を大きくさせ、すぐにすっと細めて首を傾げた。
「プラシド長官、最近私に対して異常に冷たくないですか?」
「そんなことはない」
立ち上がり彼女の所まで行き、両頬をつねってやった。
「いひゃい!長官!痛いれすっれ!」
「笑え」
「はぃ?」
「笑え」
頬を伸ばしたまま、上の歯一列を見せるように彼女は笑顔を作った。
俺のイライラはさらに増した。
頬を離せば彼女は赤くなったところを押さえながら俺を睨んだ。
「なんだその態度は」
「だっていきなり笑えってほっぺたつねるから!」
「貴様が気味の悪い笑い方をするからだ」
「気味悪いって長官酷いです」
「俺の知っているおまえはどこに行った?」
「なんですかそれ?長官だって私の知ってる長官じゃないです!」
「なんだと?」
「最近私を見るだけで嫌な顔するじゃないですか!私のこと嫌いなんですか?私何か気に触るようなことしました?」
ああ。酷い勘違いだ。こいつは何もわかっていない。
俺は彼女の腕を掴み、無理矢理椅子から引っ張りあげ、向かい合ったまま壁の方へと肩を押した。彼女は驚いた表情で身を縮み上がらせながらふらふらと後退した。
しかし俺が近づくと両腕で俺の両肩を掴み、俺を押しのけ逃げようとするのでその両腕を掴んで壁に押し付けた。
「な、何するんですか?」
「嫌いな奴に俺がこんなに構うと思うか?」
「え?」
「四六時中おまえのことを考えてる」
「え、えーと」
「前のおまえの顔が頭から離れない」
「それはどういった意味で・・・」
「好きだ。だから戻れ」
「そ、そんな・・・んんっ!」
抑えきれず彼女の唇に自分のを重ねると、暴れていた彼女の両腕から力が抜け大人しくなった。
気が済んでから離れれば彼女はだらしなく口の端に垂れた唾液を手の甲で強く拭い、間抜け面で俺を見つめた。
「プラシド長官・・・?」
「どうした?」
「な、なんでですか?」
「好きだと言っただろう」
「でも、長官は、前の私が好きみたいなこと言ってる・・・」
「そうだ。今のおまえは腹がたつ。だが嫌いな訳ではない」
「なにそれ・・・ぷっ・・・ふふふっ・・・あははははは!」
気味の悪いことに突然彼女は笑い出した。大口を開き、品のない馬鹿笑いだ。
「なんだ?気でも違ったか?」
「長官、可愛い」
目を細めにっこりと微笑むそれは、いつかの彼女のもので、
「嫌いじゃないなら、キスした責任とってくださるんですよね?」
「おまえが笑うならな」
「じゃあ長官が笑わせてくださいよ」
にっと悪戯っぽく笑うそれも確かに彼女のものだった。
Smile at me!
(その瞳には俺が映っていた)