指の間から思い切りキューを押し出すと、卓上の9つの玉がバラバラと散った。一個も落ちない。初めてだからこんなものか。
「おい!何ビリヤードやってんだ!」
「あ、沢渡君」
ダーツ場から店の奥にあるビリヤード場に沢渡君がやってきて、私の付いてる台を叩いた。当たり前だけど頑丈な台の上の玉は揺れることなく止まっている。
「『あ、沢渡君』じゃない!何で俺がダーツしてるとこを見ていないんだ、君は!」
「だってダーツ興味ないんだもん」
「ぐっ」
興味がないっていうのは嘘だけど、沢渡君の取り巻きが邪魔だからと本当のことは言えなかった。
沢渡君には取り巻きその1からその3までいて、いつでもどこでも一緒だ。いつ見ても、いつ会っても最低一人はいる。デートのときまでもいるもんだから、それ程仲間意識かなんかが強いんじゃないかと思う。だから取り巻きがデートのときまで付いてきて沢渡さんすごいぞコールをしていても、笑ってやり過ごしていた。まあ実際沢渡君がすごいぞコールされてるのは見ていて面白かったけど、流石に今回は居心地が悪すぎたし、いい加減手も繋がない程度のお付き合いじゃ満足できなかった。
このビリヤードとダーツ場は会員制で、今日は特別に沢渡君のために貸切状態だ。店員までも時間が来るまで外に追いやったらしい。
お店の雰囲気は会員制なだけあって、かなり瀟洒だ。落ち着かない。
「私帰るよ」
「なんだって!?」
「沢渡君が構ってくれないから帰ります」
当て付けがましく言ってみてダーツ場の方へ抜けると、取り巻き達はいなくなっていた。
あれ?もしかして気をつかって帰ってくれたのかな。
これは沢渡君と少しはイチャつけるチャンスだと思ったけど、さっきの冷たい態度を改めて戻る気にはなれなかった。
気にせずそのまま帰ろうと店の出入口に向かうと沢渡君が走ってきた。
「おい、待て待て待て」
出入口の前まで回り込まれ、押しのけて帰ろうと近づけば手を掴まれた。ドキッとした。初めて沢渡君の体に触れたのだ。心臓がどんどん高鳴ってきて、緊張してきた。ああ、こんなに簡単に今日の目標を達成してしまった。でも物足りない。
「帰さないぞ」
「手、初めて繋いだね」
「なっ」
ぱっと手を離された。沢渡君は顔を赤くさせ、こっちもさらに恥ずかしくなってきた。
沢渡君は女の子には大胆に話しかけることができる癖に何故か私にだけはいつもおどおどしかった。
「私、こういうことがずっとしたかったんだ。二人っきりでデートして手繋いだりキスしたり」
「キ、キス・・・?キスすれば機嫌直るんだな?」
「そういう問題じゃないよ」
「いや、そういう問題だろ?」
最初は狼狽していたものの、途端沢渡君の目が光り、不敵に微笑んだ。
その表情にどきりとして、何が起こるんだろうとわくわくすると、沢渡君が近づいてきて、頬を両手で包まれた。あっ、と思ってる間にキスをされた。一瞬だった。軽いキス。唇も頬も直ぐに離された。沢渡君の顔は真っ赤で、私の顔も多分そう。心臓がばくばくしてきた。
「これで機嫌、直ったか?」
「うん。でも、もう一回・・・」
勇気を出して沢渡君の服を掴み、おずおずとおねだりすれば要求以上にキスをしてくれた。二人きりの空間、時間、幸せ。それでもそれは直ぐに終わり、沢渡君は照れ笑いしながらおもむろに携帯を取りだした。
「よし、もうあいつらを呼んでいいよな?」
さっきのキスで満足してしまった私は、何もわかってないじゃん、と言えるわけもなくただ黙って頷いた。
一人じゃ照れるもん
(ようやくキスしたぁぁぁあ!)
(俺らの気遣いがやっと実ったな)
(あ、沢渡さんから電話)
(出るのやめとけよ)
(でもでないと沢渡さんの機嫌が・・・)
(いいだろ今日くらい)
(あの子すげー怒ってそうな顔してるし)
(やめとくか)
(だな)