新任長官が来てから、といっては語弊があるかもしれないが、ちょうどそのころから【ゴースト】という謎のクラッシャーが現れた。こいつによる被害の件数は半端なく、よっぽどの暇人、もしくは複数の反抗とみられる。夜の出現率が高いらしいが、一般の人が昼間も安心して利用できないとクレームが殺到だ。
治安維持のため、私は交通規制案をまとめ、室長に訴えるつもりだ。
昨日完成した書類を数枚持って室長の所に向かった。
口頭で何を言おうか考えながら歩いていると、廊下の非常口が突然開き、突風が舞い込んできた。数枚だから、と生身のまま、しわのよらないように持っていたプリントは当然飛んでいってしまった。


「私の努力ーっ!」


慌てて辺りに散った書類を拾い集めほっとすると、ひょい、と一枚とられた。あっ、と前を見れば新任長官であった。

さっき非常口開けたのはこの人だったのか。名前は…ルチアーノという子しか聞いた覚えはないな。新任長官は三人共かなり閉鎖的だし。よし、後で室長に聞こう。
新任長官は私には目もくれず私の意見書を勝手に読んでいる。


「あの、返していただけませんか?」


なんて言えればどんなにいいことか。思うように言葉がでてこなくて、二歩ほど下がって返してくれるのをまった。
自分の意見書を見られるのは恥ずかしくて今にもぶんどって逃げたいところだけど体が動かない。誰か助けて、と周りをキョロキョロするが誰もいない。そういえば電話の応対で机に張り付く時間多くなったよね、皆。
彼は斜め読みをしているようで視線はもう下部に移っていた。どうやら長官という地位だけはあるようだ。


「くだらん」


そう言い放ったのと同時に、ビリッと鋭い音を立て紙が勢いよく破られた。ひらひらと舞い落ちる紙切れ。一番努力した意見書は資料を置いて無くなってしまった。
放心状態で拾うこともできずただ新任長官を見ていると踵を返し行ってしまった。どうやらおまえには期待する価値もないな、と言って。
こんな理不尽なことがあっていいのだろうか。直属ではないといえ同じ署の部下の自力で寝る間を惜しんで作った書類をくだらん、の一言で蹴るなんて。長官閣下のときは「検討してみましょう」と、書類だけは受け取ってくれたのに、あの人は破いた。
いつもなら室長に文句を言いにいくところだけれど、私は紙切れを拾い走った。新任長官の前に回り込み、息を吸って一気に言った。


「あなたが先ほど言ったのは私の書類自体ではなく、その中身の交通規制に向かってということ前提に話させていただきます。あなたは治安維持局の長官、すなわち最高責任者に身をおく立場の方ですよね?ということは市民の安全を第一に願うはずです。この交通規制案は読んでもらえばわかるように私が市民を思い作ったもので、こちらに損はありませんし、あくまで市民のためのものです。それをくだらん、とおっしゃったのは、市民を守ることは馬鹿馬鹿しいということですよね。長官ともあろうお方がそう思っていらっしゃるなんて市民はさぞ不安ではないでしょうか。長官の思いはそのまま政策に反映されがちです。市民はあなた様の政策に不満を持つようになるでしょうね。このまま市民の不満が募ればその地位も危ういことを肝に命じておくべきです。お時間をとらせて申し訳ございませんでした。失礼します」


言いきった。私らしくない。衝動で行動するなんて。前までならこんなことなかった。それにしてもまさかこんなにつらつら、と言葉がでてくるとは思わなかった。もしかして今情緒不安定なのかな?
一礼をし、新任長官の横を通りすぎた。何も言われない。これって言い逃げの部類にはいるのかも。でも自分の行動に内心驚きつつも言うことは言った、という満足感がある。しかしその感情もすぐに壊された。
「おい」と腕を捕まれた。
ああ、終わった。怒られる。やはり言いすぎだったんだ。怒られるのは人一倍嫌い。昔から先生が特定の生徒を叱ってるだけで自分まで泣きそうになっていた記憶がずっとある。
ごめんなさい、と頭を思いっきり下げて謝りたい。だけど新任長官の雰囲気に押し潰されてできそうにないし、何より近い。近すぎる。頭下げたら当たりそうなくらい近い。身長差的に頭下げ45℃ではとんでもないところに顔を突っ込んでしまいそうで怖い。
ちら、と変なところを一瞬だけ見てしまい自己嫌悪。変態じゃないです。ごめんなさい。角度を測ってるだけなんです。


「名前を教えろ」

「へ?」


叱責や説教、もしくは完全な論理的文で論破されるか怒りの鉄拳が飛んでくるかと思えば、名前。
もしかして私は彼のブラックリストに乗ってしまうのだろうか。これは名乗ったらまずい。しかし相手は長官。いくらでも私の情報は拾いだされるだろう。 仕方がない。
私はゆっくりと震える声で名字だけを告げた。どうか三歩歩いたら忘れてくれますように、と願って。


「ふん。明日貴様がこの局に居れるかどうかはこれからの行い次第だ。そのただの叩き台のような【報告書】をどうするかもな」


踵を返しツカツカと固い音を響かせて「肝に命じとけ」と忠告し最後に私の苗字を添えて行ってしまった。


「三歩歩いても覚えられてる…」


新任長官はなかなか手強そうです。
色々とショックを受けつつ、書類に目を落とすと室長の顔がパッと浮かび、私は全速力で廊下を走った。






認知
「しつちょーっ!」
「副長官とお呼びなさい!」
「そんなことはどうでもいいのです!あの中くらいの新任長官さんはなんなんですか!?」
「騒がしいですねぇ。紅茶でも飲んで落ち着きなさい。そこにありますから」
「セルフ!?あーもー自分で入れます!あつっ!指が指がぁああ!」
「ヒッヒッヒッ。久しぶりにあなたが取り乱すのを見る気がします」
「ん。これアッサムですね。これならミルク入れたいかも。す、すみません。ちょっと落ち着いてきました…あ、銃刀法違反の新任長官さん酷くありませんか?私の意見書破いたんですよ?ちょっと厳しいというよりは性格に問題ありませんか?」
「なら、私が直接申し上げときましょう。あなたが長官を批判していると、人格矯正まで求めていると」
「だーめーでーすー!なんでそうなるんですか!?私はただ…」
「ヒッヒッヒッ。感情的になりすぎてませんか」
「き、気のせいです!!あ…なんか今日はおかしいみたいです。帰ろうかな。いや、冗談です。すみません。そうだ、昨日言ってました高速道路における交通法のアレなしにしてください」
「構いませんが。それでいいのですか?」
「?私は……えっと…」
「迷っておられるようですが。あなたの唯一の長所のあきらめの悪さが見られませんね」
「……短所かと思ってたんですけど、まさか室長にまで言われるとは思いませんでした。というか私の長所を一つにしないでください」
「…どうやら前長官のことを引きずっているようですね」
「うぐっ」
「図星ですか」
「…自分でも良くないとは思ってます。でもどうしても比べてしまうのです」
「まあ仕方のないことでしょう。それで、交通規制法案は?」
「えっと…少し考えさせてください」
「ふむ。長官になにを言われたかはわかりませんがよく考えることですね」
「ですね。アッサムおかわりしよーと。あ、室長も入ります?」
「今すぐ作業に戻りなさい。それと副長官です」
「はいはい」
「はいは一回です!」
「はいはいはーいっ!」



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