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そわそわ、そわそわ。
背中に冷や汗が流れる。
いつ切ってしまうか…不安で不安で仕方がない。でも止めることができないのは、可愛い恋人が自分のためにがんばっているから。

「いッ…」
「帝人君!」

臨也は反射的に立ち上がった。
黒と白でコーディネートされたスタイリッシュなキッチンに不似合いな少年が一人と、いかにもと思ってしまうような美青年が一人。

包丁で傷付いた人差し指に手際良く消毒と絆創膏をする。まるで始めから切ることをわかっていたかのようだ。

「ほら、やっぱり危ないよ」
「うぅ…大丈夫です…やります」

手当てが終わると、帝人はもう一度包丁を持ち直し、まな板に置かれた人参と睨めっこをする。
あぁ、もう本当に可愛い。



事の発展は時間を遡り、場所を変える。
30分ほど前の池袋道中。

仲睦まじい3人組の姿がある。
右からは延々と笑い話と自慢話を続ける金髪の少年、正臣。その話に小さく笑いながらも会話には入らない少女、杏里。そして正臣と漫才のような毒舌な会話を繰り広げている帝人。寄り道をしながらの帰り道はいつもの光景。

「いぃざぁあああやぁああッ!!!!」
「やだなぁシズちゃん、先に手をだしたのはシズちゃんのほうだよ?」
「五月蝿え!!死ねノミ蟲!!!」

自販機が飛び、標識が空を切る。
他の街の人が見たら白昼夢を見ているのだと勘違いしてしまう不思議な光景でも池袋の街では定着しつつあった。
その証拠に帝人達はあぁ、またかと語るような目で見ている。
触らぬ神に祟り無し。ここは無視しようと三人は視線で会話を済まし、あの二人とは逆の方向へ足を向ける。

帝人が少し名残惜しそうに二人を見ていたのに気がついたのは、親友の正臣だけだった。しかし気にせずに足を進める、と──

ビュン、風を切る音とともに杏里を挟んで隣にいた帝人が誰かに腕を捕まれ走らされているではないか。
いまいち状況が把握できずに、後ろを振り向くと臨也の姿は無く、怒りに震える静雄が立ちすくんでいるだけだった。
ならば──今自分の親友を連れ去ったのは臨也、そして静雄が立ちすくんでいるのは臨也を攻撃すれば帝人に当たるから手の施しようがないから、か──。
一瞬振り向いてから正に0.05秒。
正臣は冷静な考えを頭に廻らせた。
また振り向き、帝人を見直すと得に抵抗する様子もなく、臨也に引っ張られていく。

はぁ、とため息をついた。

「しゃあねえなぁー、帝人も拉致られちゃったことだし、今日はここで解散ってことでいいか、な?杏里?」
「そうですね、帝人君もたまには二人きりになりたいようですし今日は帰りましょう」

…帝人、お前!
バレバレだぞ…って当たり前か。



「臨也さん…っどこいくんですか」
「んー、帝人君と二人きりになれるところ」

語尾にハートをつけ、ウインクする。
鳥肌が立つ…が、いつものことなので気にしないことにした。
帝人と臨也は恋人関係にある。そのことを知っているのは臨也の助手である波江と、臨也の妹達──後者は予想外だったが──だけである。
隠しているつもりなのだが、正臣にも杏里にもバレバレだ。

「今日は波江もいないし、うち…くる?」

急に立ち止まると帝人を壁に追い込み拒否をさせない状態で問いた。
帝人は赤くなったがそれ以上に疑問に思うことがあった。

「今日…波江さん、いないんですか?」
「うん、弟に会いに行く日だとかなんとか」
「………………」
「帝人君?」

んんん、とよく考え臨也を上目遣いで見る。臨也はムラムラっときたが、無視。

「ば…晩御飯はどうするつもり、だったんですか?」
「んー?コーヒーか出前かですますつもりだったよ?」
「じゃ、じゃあ…!」




そして話は冒頭に戻る。

さぁ、皆さん。話は通じただろうか。
つまり俺の可愛い可愛い恋人は俺の晩御飯が無いと聞いて、自ら作りに来てくれたのだ。

トントンと包丁を揺らす腕、小さな体に会わないエプロン、必死な顔…何度抱きしめたいと思ったことか!君達にはわからないだろう!?
俺が椅子に戻り帝人君も元の作業に戻る。

「ところで帝人君、何つくってるの?」
「え、えと…肉じゃが、を」

ふーん。
ま、帝人君のつくるものだったらなんでもたいらげてみせるげどね。

人参を切り終えて、他の材料も不器用に切ってゆく。
沸騰する音、醤油の匂い、炊きたてご飯の温かさ。テーブルに律儀に並べられた箸と茶碗と肉じゃがとその他のおかずたち。

なんとか完成した、とほっとする帝人君を見て微笑まないはずがなくて。頬は緩みっぱなしだ。

「いただきます、帝人君」
「まずいかもしれませんが、いただいちゃって下さい」

いただいちゃって下さいなんてそんな…もう帝人君をいただいちゃいたいよ、なんて言っても確実に無視されるだろう。
だからここは大人しく帝人君の手作りの肉じゃがを堪能することにした。

あれ、そういえば最近肉じゃが食べたな。
記憶を整理するとたった2日前のことだった。

「ところでさ、帝人君」
「ふぁい?」

温かいを通り越し熱々のご飯を口に含む顔は可愛らしい。
熱すぎて飲み込めないんだ、可愛い。

「なんで肉じゃがなの?」

カシャン。
音を立てて箸を落とす。なんてわかりやすい子なんだろう。
慌てて箸を拾い、キッチンに洗いに行く。
テーブルに戻ってきてからもう一度聞いた。

「帝人君肉じゃが好きだったっけ?」

俺の記憶と情報が正しいなら、帝人君の好物はカレーとハンバーグという少年を極めたものだ。
くる途中にスーパーに寄ったから材料の有り合わせというわけでもないだろう。
そしてまたまた俺の記憶が正しければ、俺は昨日、2日前に波江に肉じゃがを作ってもらった話をしたはずだ。1日空けて肉じゃがとは、帝人君なりの軽い嫌がらせなのだろうか。俺の好物を肉じゃがだと勘違いしたのだろうか。

「え、と…急に食べたくなったので…」

噛み噛みの言葉は1%も本当のことを言っているようには聞こえない。
急に食べたくなったので、肉じゃがをつくれるほど彼の料理のスキルは高くないだろう。人参を切るのにも血を犠牲にするほどだ。

「嘘だね」
「うぅ……」

少し唸ると箸を素早く進める。早く食べたいというよりは、臨也の質問から逃げているようだ。

「………………」
「………………」

沈黙。耐え切れなくなるのは、どちらだろうかと考えるまでもなく、だいたい予想がつく。
パクパクと口にご飯を入れてく。
……………
………

「…………い、臨也さんが」
「ん?」

やはり、先に話し出したのは帝人のほうだった。沈黙──ましてや目の前に恋人がいる状態で──はあまり好まない帝人は仕方なく話しはじめた。

「…臨也さんが昨日、嬉しそうに波江さんの肉じゃがの…話をするから…」
「うんうん」

軽く相槌を打ちながらも頭の中では考えを廻らせる。話をまとめよう。つまり、俺が嬉しそうに話をするから、僕にだってこれくらいはつくれると思い、今日波江の代わりに晩御飯を作るといいだし、波江の肉じゃがより自分の肉じゃがのほうが美味い、と俺に示したかったわけか。
要約すれば、ただのヤキモチだ。
なにこの可愛い生き物!

「それで、少しでも臨也さんの役にたてたら嬉しいな、って…」
「僕、まだ高校生だから…頼りないし、ご飯作るくらいは…したいな…って思ったんです。少しでいいから、」

「臨也さんと対当でいたいなっ、て」

ああ、ごめん帝人君。
俺は勘違いしていたようだ。
これはヤキモチなんてあまっちょろい物じゃない。もっと単純で馬鹿馬鹿しくて、笑っちゃうような…

彼の精一杯の背伸び。

手を伸ばし帝人君の頬に触れる。
少しびくつくような様子を見せるが嫌がってないので離さない。
優しく微笑むと帝人君もつられてふにゃりと笑う。本当可愛い。背伸びなんてしなくても俺のものなのに、この子はそれをわかっていない。寧ろ俺が屈みたいくらだよ。


俺は人間を愛してる。
人が好きだ。シズちゃんを除いた人間というものを根本的に愛してる。

だけどね、帝人君。
俺初めてだよ、人間に恋したのは。

だから、帝人君はつま先立ちで俺と一緒にいなくていいんだ。


だって、つま先立ちなんて、
バランス崩して、
不安定になっちゃうだろう?


「そんな帝人君に恋してるんだけどね」






setteさまへ!

オチがある。と思ったら大間違いだ!
…すみませんオチとは今喧嘩中でして
あぁあー!
こんな素晴らしい企画に参加できる日がくるなんて思ってもみなかったです…!お題にそれてなくて申し訳ないです…。

広まれ、臨帝の輪!
ということで、ここまで読んでいただき、真にありがとうございました!

10.04/05