自分の死よりも好きな人の幸せを選んだ人魚姫は泡になって死んだ。小さい時、初めて人魚姫の絵本を読んだ時に私は人魚姫は馬鹿だな、私なら気付いてくれなかった王子様なんて殺してしまうのにと思った。今思えば私はあの時からちっとも変わりはしてない、今人魚姫を読んだって同じ感想を抱くんだもの。
「みょうじちゃん何してんの?」
ある日の昼休み、普段は誰も訪れないような階段に座りながら図書室で借りた本を読んでいると何処からか私を呼ぶ声が聞こえたかと思い本から視線を外し目の前を見るとそこにはクラスが同じだからと言うだけで馴れ馴れしく話しかけてくる及川徹が立っていた。彼は所謂青葉城西のアイドル的存在であるのだが私は正直彼には色々と困っている。彼は私の隣に座ると、ねえねえ!と返事を急かす。
「見てわからない?読書」
「……あ、そんなことより聞いてよみょうじちゃん
俺彼女出来ちゃった」
彼は私の事を良い話し相手だと思っているらしく、今までにも恋愛話をしてきた事が何回かあった。楽しそうに嬉しそうに彼が話すものだから私はいつも口を挟めないでいる。
「そう、おめでとう」
「ありがとー、でねその彼女っていうのがさ」
彼は私の気持ちなんかお構いなしにペラペラと語りだした。何故彼女を好きになったのかを…
彼曰く、きっかけは彼が偶々風邪を引いて一日休んだ次の日の事だったらしい。登校すると真っ先にファンの女子たちから風邪大丈夫ですか?ノート貸してあげます。良かったら今度一緒に勉強しませんか、と言う下心を全く隠しきれてない事を言われまくって彼は疲れていた。昼休み、彼は友人たちといつものように昼食を摂るために教室から出ていったのだがその間に誰かが彼の机に彼が休んだ日の授業全ての板書をまとめられていたノートが一冊入っていた。ペラペラとノートを捲って読んでいくと丁寧な字で“返さなくて結構です、貴方の役に立てたのなら良いのですが”と書いてあったそうだ。彼はそんな事をしてくれた女子を今まで見たことがなく、彼にとってこの出来事はとても新鮮だった。故に彼はノートを机に入れていった子は誰なのだろうと気になって気になって仕方なった。恐らく同じクラスの女子だろうと考えた彼は片っ端から同じクラスの女子に声をかけた。
勿論、ノートの事を黙ってだ。相手が誰かわからないから、普段特に挨拶くらいしか交わさない私にも声をかけたりしながら彼は然り気無く相手を探していた、と言うのだ。
まあ、そのお陰で私と彼は仲良くなり所謂友達になったのだが。
「で、その女子が誰かわかって告白したのね」
「まあね、この間移動教室あったじゃん?あの時俺の前歩いていた子が荷物落としちゃってさー…その時俺拾ってあげたんだけどさ見つけちゃったんだ」
彼はその時の出来事を思い出しているのだろうか、目を瞑りながら優しい優しい声で呟いた。
「…何を?」
「俺にくれたノートと同じノート、それに同じ筆跡…運命の神様っているんだね」
「…その子って」
私は、今までの話を聞いていて頭に浮かんだ女子の名前を言うと彼からよくわかったね、流石みょうじちゃんだね!と言われたが私はちっとも嬉しくなんかなかった。彼が照れ臭そうに、クラスの子たちには内緒だよ?と微笑むのを見て私は今まで我慢していたはずの笑みが溢れてしまった。
「みょうじちゃん…?」
「及川は馬鹿だね」
私は彼に顔を近付けると彼は目を丸くしながらも逃げる素振りを見せない、私なんか怖くないって事かしら。本当の事知ったら彼はどんな顔をするのだろう。
「どういうこ、」
「私だよ、及川の机に入れたの」
前々から彼に密かに恋心を抱いていた私は彼の役に立てるなら、とそう言う気持ちでノートを彼の机に入れた。気付いてくれなくてもいいと思ったなのに、なのに、なのに、勘違いで他の子を好きになられるのだけは許せなかった。彼が勘違いをしてしまったあの日、私はクラスメートにノートを偶々貸していたのだ。運命の神様っているんだね?馬鹿じゃないの、いるわけないでしょ。だって私は幸せになれそうにないもの。
ほら、結局本当の事を伝えても何も変わりはしないんだ。彼を傷付けるだけ、分かっていた。でも私は自己満足の為に伝えたのだ。
私は人魚姫ほど馬鹿じゃないと思っていたのに、人魚姫にはなりたくないと思っていたのに、好きな人を傷付けないまま死んでいった人魚姫を少し羨ましく思った。
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