「あーさー、」
“…なまえか?”
「うん」
“どうしたこんな時間に”
「怖い夢見た…」
眠たそうな声の彼に電話でそう伝えると彼は“ばーか”と言って笑った。私にとっては笑い事じゃない。
“俺は色々と忙しいんだからな…もう切るぞ”
「ごめんね、アーサーおやすみなさい」
会いたいよ、電話を切る前に聞こえるか聞こえないくらいの声で呟いた。
彼が忙しいのは承知のはずだった。彼は「国」で私は彼の恋人とはいえただの「国民」でしかない。彼は年を取らないけど私はいずれ死んでいく
ずっと一緒にはいられない。それをわかっていて好きになった。
さっき見た怖い夢というのも、どんどん老いていく私を彼が捨てる…夢。有り得ない話じゃない、と一瞬思ってしまった自分がとても情けない。
彼の事を信じているはずなのに不安になるなんて、恋人失格だよね。
そう思うと泣きそうになったが何とか我慢した、だって泣いたって彼は来やしない。そりゃ自分勝手なのはわかってるけど、やっぱり会いたい気持ちは強くなっていく。よくよく考えたら最近は彼が忙しくて全然会ってなかった。
「アーサー、」
いないはずの彼の名前
来るはずもない彼の名前を何度も呟いてみる。
私しかいない部屋に私の声が響き渡り、余計寂しくなってくる。
「アーサー、アーサー…」
そう思った瞬間だった手に握り締めていた携帯が鳴り響いたので慌て電話に出ると“遅ぇよ、ばかぁ”と聞きたかった声が聞こえてきた。
「なんで?」
“はあ?なんで、って…なまえの声が聞きたくなったんだよ”
「嘘」
“嘘じゃねぇよ、ばかあ”
「ばかじゃないもん」
彼の声を聞くと涙が溢れだしそうになる、嬉しくて切なくて会いたくて胸が苦しくなる。だから、つい携帯を持つ手に力が入ってしまう。
“あー、偶然にも今お前の家近くにいるんだが…
会いに来て欲しいか?”
彼は狡い、そんな事聞かなくてもわかってるくせに本当に意地悪
でもいつも然り気無く優しい。偶然にも家の近くにいる?そんなバレバレな嘘私には通用しない。
「会いたいよ、アーサー
早く来て」
彼の優しさに甘える私の方がもっと狡いのかもしれない。そう思った瞬間玄関のチャイムが鳴り響いた。あれ、もしかして彼にしては随分と早いんじゃ?
玄関のドアを開けると雨の所為か少しばかり髪や服が濡れていた彼が立っていた。「早いよ、アーサー」と呟きながら私は彼にタオルを渡した。
「…うるせぇ、たまたま道が」
「はいはい」
彼の反応はバレバレで、そういえば私は彼のこういう優しいところに惚れたんだよなぁ…。
「ありがと、」
私は彼にぎゅっと抱きついた。彼の身体は雨に濡れた所為か若干冷たかった、風邪でも引かなきゃいいけど…ああでも身体を冷やしたとかで人間みたいに国が風邪を引くのだろうか?…なんて考えていたら彼を抱き締めている手に力が入ってしまう。
「なまえ?」
彼はきょとんとした顔で私を見つめながら首を傾げた。その姿は少し可愛すぎる、男のくせに。
「すき」
「あ?」
「だいすき、あいしてる」
「知ってる」
そうぼそりと呟くと彼はむぎゅっと私を抱き締め返してきた。本当にいつだって彼は狡い、格好良くて、可愛くて、優しい、そんな彼とこのままずっと永遠に過ごしていきたいなんて思ってしまう私は我が儘なのだろうか。
「アーサー、ずっと一緒にいようね」
私がそう言うと彼は、ふっと笑ってそっとキスをしてくれた。
「…当たり前だ、ばか」
「ばかじゃないもん、ばかアーサー」
「そんなこと言うなら…帰るぞ?」
彼はそう言うと口角をニィと上げて、私の頬を軽くつねってきたので私も仕返しにと彼の頬を軽くつねった。そしたら何故だが可笑しくなって気が付いたら二人とも笑っていた。
「帰らないでよ」
「はいはい」
「ごめんね、我が儘な彼女で」
私がそう呟くと彼は無言で私の頭をぽんぽん、と優しく撫でた。私は彼の優しさに思わず涙を溢しそうになったが必死で堪えた。
「アーサーの負担になりたくないのに、ごめん」
「ばーか、お前は我が儘なんて滅多に言わねぇんだからこのくらい平気だ…寧ろもう少し甘えて欲しい」
彼はそう言って私の頬を撫でると額をこつん、と私の額にくっつけてきた。
「辛い時や寂しい時は俺を呼べ、すぐ駆け付けてやるから」
彼のその言葉に聞いた瞬間、我慢していたはずの涙が溢れだして頬を伝って床へと落ちていく。私が泣き出すと彼は驚いたのか、あたふたし始めた。
「アーサー」
「あ、え…なまえ?」
「私から離れないでね」
「離れるわけねーだろ、ばかあ」
彼はそう言うと私の目元にキスをした、まるで私の涙を止めるかのようにそっと優しく。そのおかげなのか、わからないが私の涙はぴたりと止まった。
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