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 身体を重ねている時が一番安心できた。人の体温が気持ち良くて、汚れた手の私でも女の幸せを感じられた。

君の体温

 行為が終わるとすぐベッドから離れシャワーを浴びに行く彼を私はいつもぼんやりと眺めていた。行為で乱れた髪の彼はいつもより可愛らしく、愛おしく思う。いつもは前髪で隠している彼の素顔をばっちり見れるのは私の特権だろうか。もう少し、このまま見ていたいと思う。けれど、彼を引き止める勇気を持たないのでいつもすぐバイバイ。しかし、これでいいのだ。別に私たちは恋人とかそんな甘い関係ではないのだから。

 私たちは仕事柄、冷たくなった身体をよく見てしまう。自分の手で人を殺めている。ある時、私はその現実はとても怖くなった。人肌が恋しくなった。だから、彼にお願いをした。私を抱いて欲しい、と。

「じゃ、オレはそろそろ帰るけど」

 シャワーを浴び終わった彼がベッドに横になっている私を見下ろして言う。彼からふわっと香るシャンプーの匂いが私が普段使っているのと同じで何だか嬉しくなった。

「ねえ、ベル」
「んだよ」
「愛してる」
「…めんどくせぇ女だよな、お前」
「どうせ私は面倒な女ですよ。お仕事頑張ってねー」

 ふざけた口調で愛してるを言ったって彼には伝わらなくて、でも伝えたくて、色々解っていても伝えたい。愛してる、愛してる、誰よりも愛してる。死と隣り合わせの仕事だから伝えておかないと後悔しそうだと私は思うから伝えたい。例え、気づいてもらえなくても伝えたい。

「ほんと、お前は面倒くさい女だよな」

 彼はそう言って私の上にあっという間に覆い被さると私の頬にナイフを当てがってこう囁いた「オレがさ、好きでもない奴と寝れると思ったら大間違いなんだぜ?」と。意味がわからない。それじゃあまるで彼が私を好いているかのようだ。

「べ、る?」

「お前もさ、もう少し素直になんねーと。オレとしてもイライラすんだよね。切られたくなかったらもう少しいい子になれよ」

「ベル、あの」

「さてと、オレはもう行くけど」

「…あの、ね、私ベル愛してるの。ほんとに愛してる。こんな関係で言うのは何だけど、ずっと好きなの」

 私の精一杯の告白に彼はニヤリとした笑みを浮かべた。私の頬に当てていたナイフを仕舞うと私の頭を撫でて「…よくできました」と呟いた。時間にすれば、ほんの数秒の出来事だと思う。けれど、私にはとても長い出来事のように感じられた。そう、まるで時が止まったかのようだった。

「オレさ、お前とくっついてる時安心できるから好きなんだよね」
「なにそれ」
「わかってんだろ、意味くらい」
「ううん。わからない」
「あっそ、続きは任務から帰ってきたらな」

「待って、ベル」
「んだよ」
「早く帰ってきて」

 私の言葉を聞くと彼はいつもの様に、しししと声をあげて笑った。それはきっと彼なりの照れ隠しで、彼の頬が少し赤いのを私は見逃さなかった。しかし、そんなことを一々指摘するほど私も鬼ではない。けれど、私は彼のそんな反応今まで見たことが無くて、それがまたとても嬉しく思っていた。こんなに幸せなら殺されたって未練なんかない、しかしここで殺されたら未練が残るかもしれないが。とりあえずこの頭がまともに働けない状態で私が言いたい大切なことは、この暖かく心地が良い彼の体温に包まれているような満たされた気持ちになんて名前をつければ良いのかということである。
もしかしたら、これが本当の幸せというヤツなのかもしれない。
 



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