特に理由もなく同室者が猫になりましてA | ナノ

::特に理由もなく同室者が猫になりまして




 ああお腹空いたなぁ。稔早く帰って来ないかなぁ。
 慣れない猫の視点や身体能力を試してみようと思い立ち、ソファの下の狭い隙間に潜り込んでみたり、床からシンクに飛び乗ってみたり、そして飛び降りてみたりと猫を満喫するのにも飽きてきた頃。
 
 お待ちかねの稔が帰ってきた。
 いやまだ部屋には入って来てないんだけど、足音が近づいてきているのが聞こえる。多分だけどあれは稔の足音だと思う。そしてそれと同時に他の二人分くらいの足音も。
 うぅむ、あんまり良い予感がしないけど。
 
 ソファの背もたれに前足を乗せ、顔を出して部屋に入ってきた人物達を見つめる。
 
「堂島、買ってきたぞ」
「ありがとー」

 ビニール袋を掲げた稔に、お礼を言う。
 
「残念ながらキャットフード売って無かった」
「わぁそれは残念!!」

 しゃー! 口を開けて威嚇してみるけど稔は笑ってるだけ。噛みたい。稔の手に噛みつきたい! でもそんな事やったら後が怖いからしません。
 
「うわ猫だぁぁぁっ!! カナちゃんうわっほーい!!」
「ふにゃあああああああっ!」

 稔の横をすり抜けて、ものっそい勢いでこちらへ駆け寄ってきた……というより突進してきた人に私はひょいと抱き上げられ恐ろしい勢いで頬擦りされている。
 
 めっちゃ怖い! 息荒い!!
 
「基やめてぇぇぇっ!!」
「あはははっ!! かわいい、本物だふわふわだやわらけぇっ」

 ずっと猫好きを公言していた基が、私の今の姿を見て我を忘れて興奮しているようだ。
 なんて冷静に考えてるようでいて私はパニックに陥ってる。
 ふーっ! と歯を剥き出し、毛を逆撫でて暴れ回っているから、基の腕とか顔とか爪で引っ掻いたかもしれない。でもやめない基の動物への執着ほんと怖い!!
 
「みの、稔助けてーっ」

 基の突飛な行動に唖然としていた稔は、私のエマージェンシーコールに我に返り、基の後頭部をぶん殴って救出してくれた。
 更にガクブルと震える私を抱きかかえてくれる稔の事を今度から救世主(メシア)と呼ぼうと思う。

 稔の首元に顔を埋めていると慰めるように背中を撫でてくれる。暫くして落ち着いて顔を上げると、至近距離で目が合った。そして

「落ち着いたか?」

 目を細めて優しく微笑まれた。

 うにゃああああっ!! うがぁっ、猫になってもイケメンの微笑は神々しくて威力満点でしたぁっ!!
 萌え禿るかと思った。折角のつやつやふさふさボディがつるっぱげになるとこでした、稔のイケメン力罪深いっ。
 くそっ、数か月一緒に生活して来てこんな慈愛に満ち溢れた笑みを向けられた事ないんだけど、猫に負けたんだけど! 人間バージョンの私の立場が無さ過ぎる。
 
「猫にデレデレなかたみんに、カナくんがメロメロだねぇ」

 ひょこ、と時芽に覗き込まれた。うん、時芽も猫になってみてみても糸目だね。
 もしかしたら開眼して見えるかと思ったけどそうでもなかった。
 
「良かったねーかたみん」

 にっこり。見慣れた、いつも通りの時芽。だけど彼は今正に基を羽交い絞めにしている真っ最中です。
 そろそろ失神しそうだから力緩めてあげてもいいんじゃないかな。まぁ私に襲い掛かろうとしてるのを止めてくれてるわけだけど。めっちゃ楽しそうに基をシメてるように見えるのは私だけだろうか。
 
「何が良かったの?」
「えーそりゃ嬉しいもんでしょ、好きな」
「秋月」
「あはは、いやいやーまさか人類やめちゃうなんて、やっぱカナくんはすごいなぁ!」
「やめてないよ! ちょっと休憩してるだけだよ!」
「いいじゃんカナちゃん、このまま猫になっちゃおうよ!!」

 羽交い絞めにされながらも食い付いてくる基に猫パンチをお見舞いする。ちゃんと爪は出さずに肉球押し付けるだけのやつ。
 絶対に嫌だもん。私は……人間に、なりたーい! じゃない、人間に戻りたーい!
 
 なんてやり取りをする事十数分。基が冷静さを取り戻すのを待って、私達は漸く本題に入る事に成功した。
 
「こういう時はネットっしょー、世の中の九割はググったら解決するのは常識だよぉ」

 いやどうかな。頭良い時芽に反論するのは気が引けるけど、果たしてネットにこんな奇天烈な現象の解決策なんて載ってんのかな。
 猫になっちゃった! なーんて、ネット小説や漫画ならわんさかあると思うけどね。
 
「あっ!!」
「え!? ま、まさか解決法載ってたの!?」

 くわっと時芽の目が開いた。これは相当驚いている証拠だ。嘘でしょ、本当にこんなトンデモ話が世の中には起こり得るっていうの? なんて美味しい……他人の身に起きた場合はだけど。
 
「カナちゃんのその模様、サバ猫だねぇ」
「どうっでもいいわ! どうせ生粋の日本産だよ!」

 どう逆立ちしたってスコティッシュフォールドやメインクーンみたいなセレブ猫にはなれませんよ!
 ていうか何調べてたの。
 
「稔……どうしてこの二人連れて来たの」
「悪い、もうちょっと役に立つかと思ったんだけど」

 見込み違いも良いトコだったね。けど、あっさり現状を飲み込んだ辺りは見事なもんだ。
 そしてこの二人なら私が猫になったって知っても態度を変えたり、はたまた喋る猫として色んな人に言いふらしたりしないものね。
 
「あれじゃない? キスすればいんじゃね?」
「基……また適当な事を」
「だってこういう物語のオチって大抵キスでどうにかなるじゃん。蛙だって王子になったじゃん」

 王子になったというか元に戻ったというか。
 ん? 待てよ、てことは何か。キスしてもらえば私はもれなく王女様になれるってのか!?
 
「誰にしてもらえばいいの!?」
「まさかの乗り気!」

 自分で言っておいて驚く基。
 
「やっぱここは王子様のキスでしょー」

 あははーと完全に面白がっている時芽。
 
 うーむ王子ねぇ。…………あ
 
「依澄っ!!」

 そうと分れば善は急げ。
 私は稔の腕から飛び降りて、しててて、と玄関へと急いだ。
 あの子も事情を話せば分かって……くれるかは微妙だけど、何の疑問も抱かず私とキスしてくれるはず。
 玄関ドアのノブに飛びついて開けようと努力していると、むんずと首根っこを掴まれた。
 
「バカかっ!!」

 そして罵声。え、ひどい。さっきメロメロになるくらい優しくしてくれた稔と同一人物とは思えないくらい険しい表情で私を睨んでいる。
 首根っこ掴んだまま、ぷらーんとぶら下げられた状態の私を。何かというとすぐこの体勢にされてるような気がする。
 
「お前、平良が絡むと後先考えなさすぎだろ!」
「後? あ、そうか。その場で元に戻ったら真っ裸だもんね!」
「それだけじゃねぇから……」

 いけないいけない。テヘペロと、今の姿なら許される気がしてやってみたら、稔ががくーっと肩を落として項垂れてしまった。
 後ろの方で時芽と基がケタケタ笑っている。
 私は何か間違えましたか?
 
「そもそも猫が廊下ウロウロしてたらその時点でアウトだよな」

 それもそうか。運が悪かったら捕まえられて保健所に連れて行かれたり、しな、い、よね?
 寮のペットとして飼われたりするくらいだよね。いや十分嫌だけど!
 
「でもそうすると王子様のキスが」
「平良くんの他にもいるでしょー条件に該当しそうな人」
「えー? うつみんとか高盛くんとかは違うし……も、もしかして」

 ピンと来てしまった。私はドキドキと心臓の鼓動が早まるのを感じながら言葉を紡いだ。
 
「唯先輩か……!」

 なん、だと。自分で言っておいてなんだけど、おっそろしい王子様もあったもんだ。いや王子って言うか王様っていうか皇帝……帝王って方がイメージに合ってる気もする。
 
「あ、あの人にこの件ばバレたら一生強請りのネタにされそうだから、あんまお願いしに行きたくないけど、背に腹は代えられないよね」
「あちゃーそっち行っちゃったかー」

 視線をうろつかせ動揺を隠せない私に、時芽があいたたたーとでも言いたげに額に片手を当てた。
 そっちってどっち。一体私を何処に連れて行こうとしていたの時芽は。
 
「だからぁ、わざわざこの部屋から出ていかんでも、目の前にいるっしょー王子様」
「え、基? アホ王子やだなー。時芽の鬼畜王子も怖い」
「ひっでぇ!」
「鬼畜なんてひどいなぁ。僕を頼ってくれたらあの手この手で元に戻る方法試してあげるのに」

 怖い! あの手もこの手も恐怖しか感じ取れない!
 私はどんな実験道具にされちゃうんですか。
 拷問器具と時芽の相性が良過ぎてまたガクブルと震える。
 
 それに比べてかたミンの傍の安心感と言ったらないよねぇ。
 稔の膝の上に乗って丸くなると、背中をゆぅるりと撫でてくれた。ああ、落ち着く。
 
「うわぁ猫満喫してるねぇ」
「カナくんどうしてそれオレの膝でやってくれないの!? こっち、こっちおいでよ!!」
「基は目がイッちゃってるからヤだ」

 ぱんぱん、と自分の膝を叩いて催促する基を無視する。
 構いたがりの飼い主のせいで動物がノイローゼになるって聞いた事あるけど、基は完全にそれだと思う。
 
 愛するが故に、相手を傷つけてしまう……
 
 なーんて言ったらカッコいいけどねー。基じゃあねー。
 
「満喫ついでにカナちゃん、この姿でやってみたかった事とか、今じゃないと出来ない事とかないの? いい機会だからやっちゃいなよぉ」
「いや別に、ああ猫だったらこれで来たのに! とか思った事一度も……」

 いや待てよ? 猫になってやってみたかったわけじゃないけど、今ならアレが出来るかもしれない。
 
 思いついた私はテーブルの上に置いてあったボールペンを咥え、稔に手渡した。
 受け取ったものの、それはただの百均で買ったボールペンで、これがどうしたんだと首を捻っている。
 そんな稔に対して私はきりりと顔を引締め言った。たし、と右の前足を前にだし――
 
「みのるちゃん、変身よ! そのペンを掲げて『ムーンプリズムパワー・メイクアップ』って唱えて!」
「誰がセーラー戦士か!」

 ボールペンを放り投げながらの激しいツッコミ。さすが稔ちゃん。新たなムーンライト伝説はここから始まるって私信じてる。

「いやぁ一度言ってみたかったんだよねー」
「普通変身する方じゃねぇのかよ!」

 別に変身願望は持ってないんだ。むしろ色々アイテムを出して来て、主人公を上手くサポートというか誘導する役の方が魅力的に見えたっていうか。
 
「みのるちゃん、わたしたちも加勢するわ!」
「一緒に戦いましょう!」
「お前等まで加わってくんじゃねぇよ、収拾つかなくなるだろうが!」
「みのるちゃん、仲間割れしてる場合じゃないのよっ」
「ああもーメンドくせぇ奴等だなぁっ!! つーかマジでもういい、堂島ももうずっと猫でいいだろ」
「ちょ、そんな強引な結論の出し方ってある!? そこは諦めちゃダメよみのるちゃん!」

 そんな調子でやりたい事探しをしてみたり、ネットで元に戻る方法探してみたり、呪文を唱えてみたり色々試してみたけど結局人間には戻れず。
 そもそもどうして猫になってしまったのかもわからず。
 
 ついに夜になってしまいました。
 基も時芽もそれなりに真剣に心配してくれたし、試そうとしてくれたけど、ダメなもんはダメだった。
 
 お風呂から上がってソファで寛いでる稔の膝の上で更に寛いでたら、急にまただらーんと持ち上げられた。
 ぐるりと身体を回れ右されて向い合せになる。
 
「何事ですか稔さん」
「一応、試してみるかと思って」
「何を?」

 時芽達と話してた中で、今すぐ試せそうなプランってあったかなぁ。
 生命の危機に陥ってみるとか、幽体離脱してみるとか、催眠術をかけてみるとか、マタタビ食べて酔ってみるとかあんまロクな案は出なかったんだけど。

「ちょ、ちょー!? なになに!?」

 何しようとしてんの!? 抱き上げた私を稔は自分に近づけ……み、稔の綺麗なご尊顔が至近距離にまで迫って来てんですけど!?
 
 思わず両前足をその美しい顔に押し付けて、これ以上の接近を阻止した。
 
「結局、誰とも試してなかっただろ」
「は? あ、え? まさか、王子様とのキスとか、あれの事!?」
「そうそれ」

 そうそれ、じゃねぇぇっ!!
 平然と言ってのけた稔に愕然とした。私と稔のこの温度差なにごと!?
 
「何でそんな狼狽えてんだ?」
「あ、当たり前だよ、だって!」

 稔とキスだよ!?
 ああそうか、なんでさっき、こんなキラキラしたイケメン王子が目の前にいたのに全然気付けなかったんだろう。
 時芽が言ってたのは稔の事だったのか! 灯台下暗し過ぎた。
 いやでも稔となんて、出来るわけがない!
 
「深く考えんなって。ちょっと一発やるだけだから」
「一発って言わないでくれる!?」
「平良とか西峨先輩に頼もうとしてたじゃねぇか。別に俺でも変わんないだろ」
 
 変わる! 私の中で意味が劇的に変わってくるから!
 にゃあにゃあ鳴いて拒絶しようにも、人間と猫じゃ力の差があり過ぎた。
 
 何故かやたらと食い下がってくる稔の顔が、強引に近づいてきて――
 
「や、待って、初めてなの優しくしてぇっ!!」




 はっ!!
 
 ぱちりと目が開く。どくどくと心臓が煩い。
 じっとり汗ばむ額を拭おうと手を顔に持ってきて、毛に覆われていない、五本にきちんと別れている見慣れた手が視界に入ってきた。
 
 あれ? 起き上がって自分の身体を見てみると、ちゃんと人間の身体になっていた。
 
 お、おおおおっ!? 戻ってる! 私、戻ってるよ!?
 
 改めて自分が居る場所を確認すると、自分のベッドの上で、布団をちゃんと被って寝ていたらしい。携帯で確認すると土曜の九八時。時間が戻ってる。
 
 つまり、あれですか。
 
 ゆ め お ち
 
 まじかぁぁ。
 いやそうだよね。人間が猫になるなんてそんな馬鹿な話ないよね。うんうん、稔とキ……あんな展開有り得ないよね!
 そういや起きる直前に私とんでもない発言をぶちかました気がするんだけど、あれ寝言で叫んだりしてないのかな。稔に聞かれでもしてたらどうしよう……
 
 パーティションを潜り稔のベッドを確認すると、もう既に起きているらしくもぬけの殻だった。
 リビングの方へとすぐに彼の姿は見つかった。身体を屈めてミニ冷蔵庫から牛乳を取り出している。あれ、牛乳なんて買ってたかな。
 いや、それより

「あ、おはよう」
「おはよう……あの、稔? そのさ、その耳と尻尾……どうしたの?」

 声が震えるのを抑えられなかった。稔はいつも通りの美形っぷりとスタイルの良さを保ちつつも、猫のような耳と尻尾がついていらっしゃる。自分が猫の姿になった時以上の動揺が私を襲っている。
 
 ぐあああっ、朝からなんという破壊力!! 写メ撮らねば! きっと私は稔のこの写真を撮る為に今まで生きて来たんだ、この世に生を受けてきたんだ、そうに違いない!!
 そのくらいすっげぇ萌える!!
 
 じゃない、そうじゃなくって!

 荒い息をする私を余所に、稔は首を傾げながら自分の耳を弄った。
 
「耳と尻尾がどうした?」
「いやどうするもこうするも、猫みたいな可愛らしいの付いてますけど!?」
「そりゃ、猫科だからな。お前にも付いてるじゃねぇか、犬のが」
「はあああっ!?」

 言われて頭を触ると、ふさっとしたのが付いていた。
 振り返ると尻尾もあった。ゆらゆら揺れている。どうやら本物のよう。
 
 マジでついてたあああっ!!
 
 
 あ、もしかしてこれ、夢の続きですか……?
 
 



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