特に理由もなく同室者が猫になりまして@ | ナノ

::特に理由もなく同室者が猫になりまして



 どうしてこんなことになってしまったのか。
 考えるだけの気力も余裕もない。
 今はただ、一人で抱えて居る事など出来なくて、取り敢えず誰かにこの現状を訴えなければと必死だった。
 
 だって、こんな事ってある!?
 
「稔、稔ー! 起きて、とにかく起きてハリアーップ!!」

 すやすやと気持ちよさそうに眠っている稔の腹目掛けで、ジャンピングダイブを豪快に決める。
 どす、と良い音がした。「ぐげ」と稔の潰れた唸り声も聞こえた気がしたけど、きっと私のきき間違いだろう。だってイケメンはそんな声は出さない。
 
 起き抜けだって無駄に爽やかかボイスか、寝起き故の掠れたセクシーボイスのどちらかと法律に定められているからだ。
 ちなみに、この法律が存在するのは私の脳内のみなのであしからず。
 
「ねぇ起きてったら! 一大事なの、私の人生最大のピンチなのー!」

 たしたしたしたし
 稔の肩を高速で叩く。一撃の攻撃力は相当低いから、数で勝負です。
 みのるー! 普段そこまで寝覚め悪くないのに、今日に限ってなんでこんなぐっすり寝入ってんのー!?
 
「うるせぇな……休みなんだから寝かせてくれ」
「仕事に疲れ果てたサラリーマンみたいな事言わないでさぁー」
「昨日色々あって寝るの遅かったんだよ」

 そうだったかな。
 確か昨日の晩、私は急激な睡魔に勝てず結構早い時間に先に寝ちゃったんだった。
 だからそのあと稔が何時くらいまで起きてたのか知らない。
 
 ふむ。ちなみに
 
「色々って、何してたの?」

 夜中この部屋でって言ったら、テレビ観るくらいしか、する事なんて無いと思うんだけど。あ、もしかして誰かにマンガ借りてそれ読んでたとか。
 もしくは女の私には言えないナニかですか、にしし
 
「…………男には夜やらなきゃならない事がいっぱいあんだよ!」

 面倒臭そうに言い捨てると、稔はこれ以上会話する気はないとばかりに布団を頭のてっぺんまで被り直してしまった。
 その上にいた私は、ころりとベッドの下へと転がり落ちる。
 
 その事に文句を言うのは後に置いておくとして。
 
 え、ちょ、やだ稔さんたら。やらなきゃならない事ってなんですか!? 夜ですか? それは夜に限定されるものなんですか、ミッドナイトですか!?
 この部屋のどこかで行われたのですか、どこか別の部屋へ行ったのですか!?
 お一人様でしたか、どなたかお連れの方はいらっしゃいましたか!?
 ちくしょう! 私はどうして昨日あんなに早く寝てしまったのか!
 
 それこそ朝に相応しくない妄想が私の脳内をせわしく駆け回る。
 稔で妄想しないって約束したけど、これは仕方ないよね!? 稔が完全に悪いよね、私の妄想がフィーバーしてしまったのは不可抗力だもん!
 
 ああもう全く、稔のせいで興奮して毛が逆立ってしまったじゃないか。よいしょともう一度ベッドによじ登る。

「稔、取り敢えず私を見てって。それから二度寝するか考えてよ」

 今度は稔の顔の前に寄って至近距離から見つめる。
 うっすらと目を開けた稔と向かい合う。寝ぼけ眼ですら絵になるくらいの美形って世の中に存在するんだなぁ。
 
「……ねこ、だな」
「そう! 猫なの!」

 何を隠そうこの私、堂島香苗は今、猫になっております。
 にゃんてこと! そんにゃばかにゃ!
 私の身にファンタジーな展開が起きようなんて誰が想像できたでしょう!
 
 なんて言ってみたけど、そんな境地は数十分前に通り過ぎ、今は稔に見てもらいたくて、問題を共有してもらいたくてウズウズしているだけだったりする。
 一人で抱えられるわけがない、人がある日突然猫の姿になってしまったなんて現実。
 
 そしてやっと稔に現状を把握してもらえた! ね、ね!? 寝てる場合じゃないでしょ?
 
「猫が喋った!? 嘘だろ、人間とは声帯の作りが違うから、他の動物が喋るなんて有り得ないってテレビで言ってたぞ!?」
「そこ!? 驚くとこそこなの!? 違うよ、順番としては堂島香苗が猫になっちゃった事に驚く方が先だよ!」
「お前堂島なのか!?」
「ちょっと稔ー!?」

 起き抜けゆえか、混乱しているせいか、稔が随分とお間抜けな感じになっちゃってる。
 両脇に手を差し入れられて持ち上げられ、ぷらーんと全身が宙に浮いた。
 
「いやーん、かたみんのエッチ」
「ああ、堂島だな」

 何故!? 今の一言でどうして納得されたのかな!?
 考えてみたら私って今全裸で、お腹とか丸見え状態じゃんって思って言ってみただけだったのに。
 
「堂島が猫にな、え? は? 猫!? 堂島はどっちかっていうと犬派だと思ってた……」
「まぁどっちかっていうと私も自分の事犬寄りだと思ってるけど、それはこの際どうでもいいというか。とにかく稔、私の身体を隅々まで舐め回すように観察するのはそろそろやめてもらってもいいかな」
「黙れ、けむくじゃら」

 稔がパッと手を離したせいで重力に従順な私の身体は落下したわけだけど、そこは猫の素晴らしい身体能力のなせる技がいかんなく発揮され、した、と見事に着地出来た。
 
 さっきベッドから落とされた時も思ったけど、ほんと猫ってすごいなぁ。いやぁ自分で体感してみて、改めて感心した。
 
「しっかし、昨日なんか悪いものでも拾い食いしたのか? 何をどうすりゃ喋る猫に変化出来るんだよ」
「えー何も朝から晩まで学食のものしか口にしてないよ。ていうか、私が言うのもなんだけど、稔意外と冷静だよね」
「あーなんかまだ夢の中みたいな感じがしてんのかもな」

 そっか。じゃあよく眠っている所を叩き起こすので正解だったってことだね。
 じゃなかったら今頃二人してパニックに陥っていたかもしれない。
 
「原因が分らなきゃ、戻し方も探しようがないよな」
「うわぁん、もしこれから先ずっと猫のままだったらどうしよう!? 稔、私の事飼ってね!!」
「おー任せとけ。可愛がってやるから安心しろ」

 めっちゃいい笑顔! だけどどうしてだろう、そこはかとなくSっ気が……
 稔の可愛がり方ってのに不安がふつふつと湧いてくる。
 
「やっぱ絶対戻る。人間の身体に戻ってやるんだから!」
「そうか? 猫もなかなかいいんじゃないか?」

 稔に関わり無いと言えばそうだけど、あまりに無責任すぎる発言をサラッとされて、ちょっとショック。
 私と稔の友情にヒビが入った瞬間だよ!

「友達の為ならバラモスを倒しに行ってくれる稔だって信じてたのに!」
「俺の父親オルテガじゃないしなぁ」

 どうしてそんな私が元に戻る事に消極的なの!? まさかこの人、動物大好きか。普通にペットの居る生活ってのに憧れてるだけでしょ。
 
 さっきから喋るのと同時進行で私の身体中を撫でまくってんだよこの人!
 絶対に元は同い年の女の子の身体だって気付きもしてないに違いない。
 
 ていうか気持ちいい……う、うにゃ、アゴをそんな風にされちゃったら、あ、勝手にゴロゴロ鳴っちゃう。無意識に顔を稔の手に押し付けちゃう。
 そこ、耳のとこもっと……!
 
 はっ
 
「あなた慣れすぎよっ。今まで一体どれだけ他所の子をその手練手管でゴロゴロ言わせて来たの!? 信じられない、この猫ったらし!」
「いやなんだよ猫ったらしって。あんま悪くなさそうだな」

 危ない危ない。このタラシ稔のテクに魅了されるところだったわ。恐ろしいったらない。これだからイケメンは。
 
「こうやってる間にも刻一刻と時間は過ぎていくしな、さっさと食堂行ってメシ食って……」
「…………」
「あーごめん、今日は購買でパン買って部屋で食おうな、な!」

 ふーんだ。いいね、当たり前みたいに食堂行ける御身分のお方は。
 私は自力じゃこの部屋から出る事だって出来やしませんよ。
 
「牛乳、牛乳買って来る!」
「……牛乳なんて子供っぽいもので私が釣られるとでも? ミルクじゃないと許さないんだから!」
「牛乳とミルクの違いって何だよ」
「牛乳に一旦熱を通して、でも私猫だから。猫舌だから。もう一回冷ましてもらわなきゃ飲めないわ!」
「めんどくせー、猫マジでめんどくせー」

 しかもミルクが大人っぽいとか分かんねぇよ、とブツブツ言いながら稔は部屋から出て行った。
 
 一人ぽつんと部屋に取り残されたわけですが。
 なんもやる事がない。というか、出来る事がない。
 まずドアノブに届かないから部屋に出られない。テレビ観たくても肉球じゃリモコン上手く押せない。同じ理由で携帯も触れない。本も開けない。
 
 娯楽という娯楽を根こそぎ奪われた私には、寝るしか出来ません。
 
 ソファの上にぴょんと乗り上げ寝そべる。丸まってみる。おお、限界を超えて丸まれた!
 
 お腹空いたなぁ。稔早く返って来ないかなー。
 今日明日は休みだからいいとしても、週明けて学校始まったらどうしたらいいのかな。私本当に元に戻れるのかなぁ。
 
 そもそもなんで猫になるなんて、とんでも設定が私の人生に盛り込まれたんだろうか。そこからして解せないよね。
 
 のんびり、尻尾をぱたん、くたんと動かしながら稔を待っていた私はまだ知らない。
 
 彼が帰って来てからが、本当の騒動の始まりなのだと。
 
 なんちゃって!
 
 




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