き乱れる園で



 大陸の東端に位置するロウラン王国。
 多くの優秀な魔導師を排出することで有名なこの国は、小国でありながらも豊かだ。
 更に他国とは大きな違いがある。ロウランの民を統べる王は人間ではない。
 竜人と呼ばれる、神獣竜の眷属とされる稀少種が人間の上に立ち国を治めている。
 
 竜人は人間と良く似た容姿をしていて、高い魔力と高度な知能、そして長い寿命の種族だ。
 彼等は皆理性的で、人より遥かに長い時を一代で統治するため安定した国政が取れていた。
 
 赤茶の煉瓦を積み重ねた上にそびえる門をくぐると、その先は四季折々の花が咲き乱れる御花園へと続いている。
 
 王宮の中でも王族達が私的に使用するための場へ案内されたウルは、落ち着かずそわそわしそうな己を律し、なんとか平静を保っていた。
 
 以前は何度となくここへ来ていたのだけれど、足が遠のいて数年が経ち、自分などが軽々しく訪れて良い場所ではなかったのだと今なら分かる。
 
 ウルは伯爵家の令嬢で決して低い身分ではない。
 けれどどれだけ家系を遡ろうとも竜人の血は混じっていない生粋の人間の血統であるウルの家は、序列で言えば高い方とも言えない。
 そんな彼女が、王宮の奥を自由に行き来出来ていたのは逆に完全な人の子であったが故なのだが。
 
 今から十年前、当時ウルがまだ六歳になったばかりの時、伯爵の元に王妃より打診がったのが始まり。
 
 国王の第二児の話し相手となる年の近い女児を探していて、見事白羽の矢が当てられたのだ。
 選ばれた理由は、伯爵の人柄とウルの年齢と性別、そして竜人の血が混ざっていない事だった。
 
 今と同じように、初めて訪れた王宮に落ち着かずそわそわと辺りを見渡していた幼いウルは、そして彼の人に引き合わされた。
 
 その人は声を失う程に美しかった。
 ウルより二歳年上の人の名はイナミ。陶器のように白くすべらかな肌に、切れ長な涼しげな眼(まなこ)
 うっすらと空の色を吸収したかのような銀髪は、ゆったりと結わえられていた。
 形の良い唇は優しげに持ち上げられ、笑みを湛えながら「はじめまして」と挨拶された瞬間、ウルは雷に打たれたような衝撃を受け、一瞬でイナミの虜となった。
 
 ウルはイナミを親しみを込めて「お姉様」と呼ぶようになり、全力で慕った。
 
 イナミには兄がおり、ロウランを継ぐのは兄で決定していたために、イナミは将来他国へ嫁ぐ事が既に決定していたらしい。
 人間の元へ嫁ぐ事から、人に慣らす為にウルが選ばれたのだ。
 年下の女の子の面倒を見る事でより女性らしさを磨くという意味もあったのだとか。
 
 大人達の意図を抜きにして、二人は大層仲良くなった。イナミもウルを実の妹のように可愛がり、二人が共にいる光景はまるで仲の良い姉妹にしか見えないくらいだった。
 
 将来イナミが結婚すれば他国へ行ってしまうのだと知ったウルは、まだ先の話だと言うのに目に涙を溜めて離れたくないと不安そうに告げれば、彼女は目を細めながらウルのすべらかな髪を梳いた。
 
「わたくしが男なら迷わずウルと結婚したのに」

 ウルもだ。
 そういってもらえたのが嬉しくてイナミの首に腕を撒きつかせて抱き着いた。
 
 そうして四年間を共に過ごした。
 
 しかしウルが十歳になった年、イナミは結婚に向けて本格的に教養を身に着けるとの事で王宮を離れて行ってしまった。
 急な話にウルは取り乱し、随分と長い間泣いた。
 父に八つ当たりをして、事もあろうかイナミの兄である王太子に向かっても文句を言ったとか言っていないとか。
 ウル本人はその辺りの自分に都合の悪い部分はあまり覚えていない。
 
 最初のうちこそ手紙のやり取りをしていたが、それも途絶えて久しい。
 十五歳になった今となっては、ただただ懐かしいばかりの王宮での日々。
 ウル自身も社交界デビューから始まり、いずれ訪れるであろう結婚に向けて勉強をする身。いつまでも昔を懐かしんでばかりはいられない。
 
 そのはずだったのに、今更になってこの御花園へのお誘い。しかも招待状の送り主はなんとイナミだった。
 いつ王宮へ帰って来られたんだろう。嬉しさに二つ返事をしたのは良かったものの。
 最後に会ってからもう五年経つ。
 当時は「幼いから」で済まされてきた暴挙とも取れるイナミに対する態度を思い返すにつれ冷や汗を掻きそうになるくらいには、今のウルには常識が備わっている。
 
 昔みたいに慕うようにイナミ様に接する事は出来ないだろう。
 
 他人行儀に恭しく振舞わなければならない。そんな距離のある空々しい再会を果たすくらいなら、美しい思い出のままの関係でいたいとも思う。
 
 いやでもお姉様に会いたい……、矛盾した気持ちに折り合いがつかず一人悶々と椅子に座っていると、奥の離宮へと続く扉がゆっくりと開いた。
 
 観音扉が開く音に反応してウルは立ち上がり頭を下げる。
 カツカツと足音が近づいてくる。心臓が跳ねるように激しく鼓動を繰り返し、俯いたままきつく目を瞑った。
 
「待たせて申し訳ありません」
 
 耳に心地よいテノールが響いて反射的にウルは目を開けた。視界の端に相手の靴が見える。
 あれ? と心の中で首を捻った。
 
「ウル、顔を上げて?」
 
 優しく言われ、ウルはゆっくりと姿勢を正した。彼女はこんな声だっただろうか。六年も前の記憶だ。声などはっきりいって覚えていないも同然。でも何かが引っかかった。
 そしてその違和感は、彼女の姿を視界に入れて確実なものとなる。
 
「っ!?」

 これでもかと見開かれたウルの瞳に映ったのは、襟足が肩につくくらいの長さの銀髪に、煌めく金の瞳をしたにこやかに微笑む青年だった。
 
 誰!?
 
 イナミに招待され、お待たせと言って現れたのだから当然彼女だと思っていたのに。
 見知らぬ男の登場に、挨拶など完璧に頭から抜け落ちていた。
 
 しかし青年の容姿はウルの思い出の中にあるイナミに似ていた。きっと王族のどなたかなのだろう。
 もしかしたら過去に会っているのかも。
 ウルはずっとひたむきにイナミしか見ていなかったから覚えていないけれど。

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