歌を鳴く子 | ナノ

::歌を鳴く子


 高鳥歌生は昔から、良くも悪くも目立つ子だった。

 日本人にはない灰色の髪に青の瞳。
 長い手足にそれに見合う身長。
 色素の薄い肌。
 整った顔立ち。

 女の子の視線を集めるのは当然で、男の子からやっかまれる事もまた少なくなかった。

 異質なものを敬遠したがる風潮は何処にでもあって、歌生も例に漏れずそういった中に曝されもした。

 中学に入る頃には外見的要素を詰る子はいなくなったが、不躾な質問や視線は消える事はなく。

 これが普通だと思わざるを得ないほど、これ以外を知らないと言うほど、慣れきった日常。

 だが居心地が良いはずはない。

 歌生は何時しか人を避けるようになり、極力誰とも関わらないよう心掛けるようになっていた。

「意味分かんない」

 近くもなく、遠くもなく。
 向き合っている少女の、期待と不安が入り混じる潤んだ目を一瞥し、歌生はたった一言だけ返した。

 ――ずっと好きでした。

 一世一代の勇気を振り絞ったのだと彼女の雰囲気が語る。

 だから何だというのか。それで、それを告げられてどうしろと。

 こんな子知らない。
 いや、“こんな”女の子なら沢山知ってはいる。

 一方的な感情をぶつけてきて、その後の判断を歌生に任せた挙げ句、こちらも自分の気持ちに素直に返せば、まるで傷つけられたとでも言いたげに顔を歪ませる。

 どうしろっていうんだ。
 だってお前なんて知らない。

 告白に頷けば恋人になるんだろう?
 知らない人とそんな関係になってずっと一緒にいるなんておかしいし、気持ち悪いじゃないか。

 そこまで相手に伝えた事はない。
 云えばどうなるか、分からない歌生ではなかった。

 ああ、だから嫌なんだ。

 もうそれ以上考えたくなくて、歌生は逃げるようにその場を離れようと女の子に背を向けた。

「ぁ……」

 息を詰めたのが分かった。
 ぼうと突っ立っていた子が。

 今し方歌生がフった子ではない。くるりと踵を返したその先にいた女の子だ。

 歌生と目が合うと、慌てふためいた。
 まさかこっちを向くとは思ってなかったとでも言うように。

 そして女の子は取り繕うみたいに相貌を崩すと、じりじりと後ろに下がり、それから勢い良く駆け去って行った。

 挙動不審。

 思いがけず告白の現場に居合わせてしまい、いたたまれなくなって逃げたというところか。

 歌生は特に気にせず、同じ方へと歩き出した。

 もうさっきまでの苛立ちは消えていた。
 
 



 薄い青の空に雲が流れていくのを、屋上の手すりに身体を預けながら眺めていた。
 かなり風が温かく感じられ、間近に梅雨が控えていることを知らせている。
 
「どうじまぁーっ!」

 怒号と言うにふさわしいがなり声が屋上にまで轟いた。
 
 ふと下を向けば、声の主であろう遠目にもガラの悪そうな男子生徒と、彼の後ろに数人の仲間と思しき人が歩いていた。
 
 名前呼ばれた女子生徒は、中庭を歩いていた足を止めて肩をビクリと震わせた。
 歌生はただそれを見下ろしていた。
 
 身を竦めながらゆっくりと振り返った少女と、明らかにガラの悪そうな不良が何言か言葉を交わし、そして別れた。
 何度も何度も女の子は首を振り、そのたびに不良達は何かをまくし立てていたようだが、さすがに内容までは聞こえてこない。
 
 ペコリペコリと空になったフルーツ・オレの紙パックにストローから空気を入れる。
 
「うわぁーやっぱ堂島ってああいうのと付き合いあるんだ」

 近くで昼食を食べていた男子生徒も、さっきの大声で下を確認したらしく、友人達と話題にしていた。
 
「堂島?」
「ほらあの女の子だよ、堂島香苗。見た感じ普通のヤツだけどあれで有名な不良グループとつるんでたりさぁ、あー何かチーム一個潰したりしたって聞いたし、ヤバイんだって」
「へぇマジで?」
 
 興味本位の又聞きらしい噂を面白げに語る男子生徒の話を、歌生はそれとなく聞いていた。
 
 とてもそんな風には見えなかったけれど。
 確かに不良に声を掛けられてたけど、ビクついていたし。

 噂の無責任さは歌生も痛感している。
 それを聞いた本人がどう思うかなんて配慮はこれっぽっちも含まれてやしない。
 事実無根の虚偽であろうが、流す人達にとっては関係ないのだ。
 
 つまらない気分になってきて眉間に皺が寄る。
 
 ジュースから手を離し、ストローを銜えただけの状態でずーずーと吸いながら堂島と呼ばれていた同級生の女の子を見ていた。

「……あ」

 突然頭に浮かんだ映像に、思わず言葉が出た。
 ストローを噛んで遊んでいたのだけど、口を開けた拍子にするりと口から抜けた。

 若干風に煽られながらも落下していく小さな紙パック。

 あーあ。
 何気なく目で追っていると、物凄い確率と命中率で狙いを定めたかのように、下にいた女の子、つまり堂島香苗の頭にぶつかった。
 
「あいたっ!」

 かすかに彼女の悲鳴が聞こえた、ような気がした。
 足元に転がる黄色いパックを見、次いで勢い良く上を振り仰いだ。
 
 その瞬間、何十メートルも下から睨んでくる、幼い少女の面影を残した瞳に射抜かれた。
 
 

 
 
「あっ」

 教室に戻ろうと階段を下りたところで、ばったりとさっき紙パックをぶつけてしまった香苗と鉢合わせしてしまった。
 
 ヤバイと言っていた生徒の言葉に怖気づいたわけではないのだが、歌生は狼狽えた。
 
 驚いて声を上げさえしなければ相手も素通りしただろうに、自分で墓穴を掘ってしまった事に気付いたが今更どうする事も出来ない。
 
 香苗は歌生の声を聴いて初めて顔を上げた。
 前にいるのが歌生だと分かると一瞬ハッとしたがすぐに何事も無かったように表情を戻した。

 大人しく歌生を見つめて次のアクションを待っているようだ。
 目が合っがために、余計に何か言わなければならない状況になる。
 
「えっと、ごめん……」
 
 香苗は目をぱちぱちと瞬いてから首を傾げた。
 どうして謝れたのか分かっていないようだ。
 
 睨んできたから紙パックを落としたのは歌生だと知っているはずだが。
 
「紙パックの、あれ」
「ああ! ダイブしてきたやつ!」

 おどおどする歌生とは違い、香苗は明るい声音で返してきた。
 気にしてないよ、と手を振りながら笑う。
 
「いいよーわざとじゃないんだし。え、わざと?」
「ち、違うけど」

 何だか屋上から見ていたときとは印象が違った。
 香苗はにこにこ笑っている。

「高鳥くんて真面目だねぇ」
「そういうわけじゃ、ないけど……てか名前」
「堂島です」
「知ってる」

 そうではなくて、なぜ歌生の名前を知ってるのかって聞きたかった。
 
「え、知ってたの?」
「いや、えと、さっき」

 だから、何で名前。
 
 最初からずっと香苗のペースで、しかもちょっと彼女はずれていて。
 どこまでも話が噛みあわない。
 
 もともと言葉足らずな歌生は、もごもごと口ごもってしまう。
 
「ああ、もしかして屋上一緒にいた人に聞いた? あの人達サボり?」
「さぁ……」
「高鳥くん一人で戻って来たんだね。やっぱ真面目だ」

 屋上へと続く階段を見上げながら香苗は笑う。
 ずっと何が楽しいのか彼女は上機嫌だ。よく分からない。
 
 どうも近くにいたあの男子生徒達を友達だと勘違いしているようだが、もう否定する気は起らなかった。
 それより聞きたい事がある。
 
「この前、いたよね」
「ん? ……あぁ……いやいや! 何の事かな!?」

 一度認めかけ途中で全否定した。
 
 やっぱりそうか。
 
 屋上で過ぎった記憶。
 前に女の子に告白されたときに居合わせた子。
 とても気まずそうに立ち去った生徒がいた。
 
 あれは香苗だった。
 
「あの、聞くつもりはなかったんだけどね? ちょっと近道しようかなって通りかかっただけで」
「いいんだけど。ねぇ……堂島は不良なの?」
「はぇ?」

 目を丸くして驚いてる香苗に、あれと思って歌生も首を捻る。
 
 教室に戻る歌生が真面目で、サボる男子生徒を笑って、怖い先輩に話し掛けられていて。
 でも香苗は先輩にかなり怯えていたようだった。
 こうやって話していても、むしろ快活でスレた雰囲気は感じられない。
 
 噂はあくまで噂なのか、素直に聞いてみたが、香苗には予想外の質問だったらしい。
 だが思い当たる節もあったらしく、ふぅとわざとらしく溜め息を吐いた。
 
「高鳥くん……、とんだ勘違いをしてるようだね。取り敢えずその誤解をじっくり解きたいけどもう授業始まりそうだし、何より面倒だからまぁいいか」

 歌生に向かって喋ってたのに最終的には自己完結させて香苗はさっさと自分の教室に入って行った。
 
 何だったんだろう。
 
「なんか変な子」

 随分久しぶりに学校で笑った気がした。
 




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