君をしる
昼休み、教室の窓際の席に一人佇む立花 梓紗(たちばな あずさ)がいた。
教室の至る所で数人ずつ固まってご飯を食べたり喋ったりと楽しそうにしているのに、どこの輪にも混ざらず、ぽつりと座っている。
それは別に今始まった事ではなく、二年の最初からだし、クラスが違ったから確かじゃないけど一年の時だってこんな感じだったんだろう。
意図的な悪意から除け者にされているわけではなく、自主的に一人であろうとしているみたいだ。
いや、一人でいたいというよりは、自分から話しかけてまで誰かと行動しようという意思がないだけって言った方がしっくりくる。
教室内で浮いていそうな梓沙だが、不思議なくらいクラスに溶け込んでいた。
むしろ存在感を消しているのではと思えるくらいだ。
食堂から戻ってきて、ぼんやりと外を眺めている梓沙を一番に視界を入れるのは俺くらいじゃないだろうか。
クラスメイトの呼びかけに適当に答えながら真っ直ぐに梓沙のところまで行く。
「梓紗、なに見てるの?」
「外」
呼びかけても振り向かない彼女の前に立ち、その視線の先を追いかける。
校庭をざっと見渡してみても珍しいものは見当たらなかった。
「外か……あーうん、そうだね。何かいた?」
「人」
「そっか」
こうやってちゃんと俺が話しかけたら返事してくれるから、周囲を拒絶してるとは思わない。
単語で、だけど。会話続ける気皆無だけど。
別に返事を億劫がっているわけじゃぁないってのは、これまで積んだ経験に基づく勘。
空けた窓から流れ込む風に髪を揺らしながら、ぼんやりと外を眺める瞳に何を映し、何を思っているのか。
以前「立花さんって何を考えているのか分かんないんだよね」って誰かが言っていた。
みんな頷いていたし、俺もその時はそうかもな、なんて適当な事を思っただけだった。
他人の考えが分かっるわけないだろと、咄嗟に気がついて言えなかったのが、今になってちょっと後悔。
「涼太」
窓に背を凭れてぼうっとしていた俺の方へ、梓紗はいつの間にか顔ごと向けていた。
灰褐色の瞳に俺が映し出されていることに少しだけたじろぐ。
いつも梓沙はびっくりするくらい真っ直ぐに見てくる。
なに? と目で訴えかけてみたけど、通じなかったのか梓紗は黙って俺を凝視している。
穴が開きそうなくらい見てくるのはやめてほしい。顔が赤くなるから。
でもまたそっぽ向かれるのも嫌だ。
梓紗の意識を繋ぎとめておくためには、俺から何か言い出した方が良さそうで。
「あず……」
「たーちばなー!」
空気を全く読まない男友達に呼ばれ、危うく舌打ちしそうになった。
今呼ばれたのは間違いなく俺。橘 涼太(たちばな りょうた)の方。
でもやっぱり梓紗も奴の方を向いてしまって、恨みがましく友達を睨んだけど、きょとんとしている。
「そろそろ行かんと遅刻するぞー?」
教科書を掲げる。そうだ、次は移動教室だ。
立ち上がった梓紗を見る。
すると彼女は無表情のままこくりと頷いた。
「だから、言ったのに」
言ってない、言ってない。
名前しか呼ばれてない。
どうやらさっき俺に言いかけてたのは「そろそろ用意しないと」とかその辺の事だったらしい。
特に何も期待してなかったけど、落胆を隠せない。
あんなに見つめてきて用件それかいっていう。
とことこと自分の席に戻って、机の中を漁る梓紗の隣に俺も移動する。
出席番号順なので、実はお隣。
というか、さっきの窓際の場所は梓紗の席じゃない。"た"だからね。真ん中くらいだから。
本来あの席に座るべき、誰だったか忘れたけどクラスメイトは、梓紗がぼんやりと陣取っているもんだから、さぞ驚いただろう。
あの列なら男だし、仲が良いどころか喋った事ないくらいだと思う。
何で立花が? ってなる。
梓紗は『何で』が伴う行動が多いせいで、不思議な子扱いされるんだ。
順序だてて説明してもらえれば、大抵の事はああって納得出来るんだけど、ぽんと行動に出てやりっ放しでフォローを入れない。
みんなが疑問に思っているって事に気づいてないだろうし、さして理解してもらおうとも思ってないせいだろう。
今回も多分、昼ご飯食べ終わって教室に戻ってきたら自分の席で違う子がご飯食べてたから邪魔しないように避難してたとか、そんな理由。
席はいっぱい空いてたけど窓際が一番居易かった、とか。
別に不思議でも何でもない理由で動いてるんだ、梓紗だって。
教科書を探してたらいつの間にか友達は薄情にも先に行ったらしい。全然構わないんだけど。
「行こっか」
黙って俺を待ってくれていた梓紗はこくりと頷いた。
梓紗の突飛に見える行動の真意を何となくでも捉えているのは俺だけで。
こうやって並んで歩くもの俺くらいで。
思うに、クラスで一番梓紗に近い位置にいる。
そんな優越感に浸る今日この頃。
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