vol.6

「田嵜くん!」

 学年の違う凛の教室までわざわざ足を運んだ朋恵が、嬉々として彼の両肩に手を付いて言った。

「おめでとう田嵜くん! これで晴れて自由の身よ、おめでとう!」
「……すみません、意味が分かりません」

 捕らわれていた記憶は露ほどもないのだけれど。
 朝一番に先触れもなく何を言い出すのだろうか。

「もう私に教えられる事はなにもないわ、田嵜くんはもう以前の田嵜くんじゃない。正しい女の子の扱い方を習得した立派なタラシ男よ、タラシ殿下よ!」
「嬉しくないんですけど。ていうか無駄に凝ったこのタラシ認定書なんですか? え、このネタ持ち出してくるとか思ってなかった……」

 朋恵が作ったものであろうに渡されたハガキサイズの紙には達筆な文字が記されていて、周囲は金で囲われている。

 数日前、女の子の心を鷲掴みポイントというものを100p集めたらタラシ認定書をあげると朋恵は言っていたが、まさかまだ覚えていたとは。

 更には実際に作るなど、驚かずにはいられない。

「えっと……一体いつの間にオレそんなポイント集めてたんです?」

 たかだか2、3日。朋恵と一緒にいた時間などたかだか知れている。
 主に昼食を共にしたくらいの事しかしていない。

「昨日の晩に田嵜くんがおやすみメールをくれたじゃない。だけどあの時点で私はもうノンレム睡眠を貪っていたのよね、うん。起こされちゃったの、目が覚めちゃったの」
「ああ、だから返信がおはようだったんですね」
「そう。その安眠妨害された苛立ちが85p」
「ポイント高! ほとんど昨日の晩だけじゃないですか、しかもタラシ関係なくないですか!?」
「だってもう五
5日過ぎたから」

 先ほどまでの話を無視して、出てきた日数。
 凛と朋恵が付き合い始めて5日。
 今まで誰も越えられなかった、凛の恋人との交際期間。

 とは言え朋恵とは甘やかな関係などではなく、ただ先輩後輩が仲良くお喋りをしているだけという、そんなものだった。

 そもそも冗談から始まったようなものだ。どちらかが惹かれて告白したわけでは決して無い。
だからこそ越えられた。
 だからこそ、もういいだろうと。

 朋恵は十分楽しめた。これからも会っては話す関係は続くはずだ。

「だから、これからは先輩後輩として仲良くしようじゃないの」

 今までと何が変わるわけではない。
 お陰で失恋の余韻に一日だって浸る暇も無かったよ、とにこやかに言った朋恵に凛も笑顔を返した。
 周囲の女の子が賑やかになるような。

「恋人ごっこ終わり?」
「そーそー」
「そっかぁ試用期間だったんですね、たった今終わったんですね。じゃあ改めてよろしくお願いします」
「こちらこそー……て、あれ?」

 噛み合っているようで、若干のズレが会話に生じているのは気のせいか。

「認定書だけじゃなくて、こっちの約束も守ってください」
「こっち?」
「また1日目から再スタートですけど、今度こそ目いっぱい長続きさせてください」
「だからそれって私が頑張る事なの!?」

 もちろんオレもフラれないよう頑張ります。
 などと気合の欠片も見当たらない、あっさりとした返事に朋恵は何も言えなかった。

 いいのか? こんなものなのか?

 引く手数多の凛だから、朋恵との何とも表現し難い曖昧な交際を続けていく意味がないように思えたのだけれど。

 当人がこう言っているのならいいのか。

「えーと……じゃぁまぁ、今日の放課後デートする?」


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