vol.4
駅から学校までの15分程度の道程を、凛と共に歩く事になった。
よくよく話を聞いていれば、実は同じ電車に乗っているらしいと判明したためだ。
「ふっふっふ、私だってやりゃ出来んのよ、馬鹿にしくさってからに」
いつも以上に言葉遣いの宜しくない朋恵の目は据わっている。
今日で凛と出会って3回目の朝を迎えた。
要するに付き合いだして4日が経ったのだ。
「先輩でもその計算おかしいですよ」
「なに?」
「オレと先輩が付き合うって正式に決定したのって2日目の昼でしょ。だから今日で3日目?」
無駄に煌々しい笑顔を向けられて朋恵は目を細めた。
サングラスを買おう。などと結構本気で考える。
「……田嵜くん」
「はい」
「変なとこで几帳面なA型ぶる必要ないのよ」
「オレO型です」
「ほらほら大雑把なくせに、無理して定規で測ったような物の言い方してたら、いつか手ひどいしっぺ返し食らうんだから」
「え……と、すみません」
朋恵はB型だろうか。何となくそんな気がした。
会話の流れが独特なのは、血液型のせいではなく彼女自身の思考回路のせいなのだろうが。
「先輩ってB……」
「Aなのよ」
「あ、そうなんですか」
「嘘だけどね」
「………」
ぱちくりと目を瞬かせる凛に満足して、朋恵はにやりと笑った。
やっと少し優位に立てた、そんな錯覚。
競った記憶などないし、凛も全くそんなこと意識していない。
けれどこの短期間、ほんのちょこっと一緒にいただけだというのに「この子には勝てない」と何度思わされたことか。
年上なのに。
これで挽回できたかしらと思う。
「く、はは……っ!」
突然、凛が立ち止まって笑い始めた。
お腹を抱えて前屈みになっている。
「ちょいちょい、田嵜くんみなさんの邪魔にまりますよ?」
「す、すみませ……はっ、でもちょっと待……」
「うん、端っこ寄ろ、ね」
凛のカバンを掴んで道の隅へ誘導する。
漸く落ち着いて、目の端に溜まった涙を拭きながら凛はもう一度「すみません」と謝った。
「はー先輩おっかしい。こんな笑ったの久しぶりかも」
「やっぱ私が笑われたの!? 私の何がそんな田嵜くんの笑いのツボにジャストフィットしたの!?」
そういう言葉の言い回しです。とはさすがに言わない。
「なんかこう……全体的に笑えて」
「あまりに失礼なので私は往復ビンタか馬場チョップか悩んでおります」
「ば……!」
またツボに嵌ったらしい凛の頭にチョップをきめた。
そのままさっさと歩き始めた朋恵に凛も慌ててついていく。
「先輩、ほんとごめんなさい」
「もういい。私がなんか言ったら田嵜くんに笑われちゃうみいだからもう喋んない」
へそを曲げてしまった朋恵は凛の方を見ようともせずにすたすたと歩く。
唇を尖らせてむくれる様子はまるで子どもだ。
「先輩」
「……」
「先輩!」
「……」
「朋恵?」
「はい。って返事しちゃったー!」
不覚だ! と騒ぐ朋恵に凛はまた笑って、まずいと口を押さえた。
「あーやだやだ。私じゃ田嵜くんには敵わんのね、もうやめる」
「何を?」
ふいに頭を過ぎったのは、別れると言われるのだろうかという事だった。
無意識に拳を握り締める。
「返事をしたら駄目よ、あっぷっぷ日本頂上決戦」
「オレ達なんの話してたんでしたっけ?」
vol.5
もう恒例になりつつある二人での昼食タイム。
今日ものんびりまったりした時間を過ごすはずが、凛は妙な緊張感に苛まれていた。
「田嵜くん」
壁に凭れて座る凛の足を跨いで、向かい合うようにしゃがんだ朋恵が至近距離から囁く。
肩に置かれた手はゆっくりと首元へ、次いで顔へと移動してきた。
細い朋恵の指が凛の頬を撫でる。
覗き込んでくる彼女から目が離せなかった。瞬きも忘れて見入っていた。
「ほくろ一つない綺麗な肌よね」
顔中を嘗めるように観察して、朋恵は満足したように頷いた。
凛は一気に体の力が抜けて、適当な「そうですか」などと返事をする。
恋人とは言え、まだ付き合って数日。
しかも付き合った日数イコール知り合った日数となれば親密度は友達以下だ。
それでも何となく朋恵の性格を把握しているつもりではいる。
「……先輩。態とでしょ」
「あら分かった?」
「分かりますよ」
「やーだって田嵜くんのくせに反応が初々しいんだもの」
「先輩って本当は俺の事嫌いですか」
「嫌いな人と付き合えるほど心広くないわね。そうじゃなくて、田嵜くんて……なんていうか……そう! プレイボーイって感じするじゃん」
「プ!? プレ……っ」
「あ、またツボに入った」
何かと言うと凛は朋恵の言葉に刺激されて、笑いのドツボに嵌ることが多い。
笑い上戸というわけではないらしいのだが、それにしては回数が多い気がする。
朋恵にしてみたら、そんな変な事を言っている自覚は微塵もないので最初は馬鹿にされていると思ったが、今ではもう慣れてしまった。
よいしょ、とそのまま凛の足の上に腰を下ろす。
「ふぅ。プレイボーイじゃないですよ、俺はちゃんと靴下履いてますもん」
「基準はそこか。うん、まあいいや。私としては一人の彼女で一週間もたない田嵜くんでも、こんな風になるんだなぁって思って微笑ましく嫌がらせをね。したくなるのよ」
「俺は先輩の手慣れてる感が物凄く詐欺に感じて仕方ないです」
自分の膝の上に乗っている朋恵に、一切の照れが感じられないのがなんだか悔しい。
顔に似合わず男遊びが激しいのかと思ってしまいそうだ。
「詐欺だなんて人聞きの悪い。私モテるんだから」
「そうですよねぇ」
「田嵜くんヒドい!」
何故か突然罵られて、凛はきょとりとした。何が起きに召さなかったのか。
「何? 『そうですよねぇ』って。ボケはね、スルーされんのが一番応えるんだよ!? しかも見栄張ったボケだから恥ずかしい……っ。嫌がらせかぁ」
「え、え? ボケ、だったんですか? てっきり本気かと」
「私どんだけ自惚れ屋さん!?」
「屋って……」
「ツボに入るな! 今は反省する時間。さんはいっ!」
「………え?」
「だから早く壁に手を付いて項垂れて!」
「えー……先輩そのネタはさすがに……」
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