::願いの代償 俐音が理事長に呼び出されて用事を頼まれ面倒くさいと思いつつ特別棟へと向かっていると、前に見慣れた姿を発見して駆け寄った。 「壱都先輩!」 声を掛ければ立ち止まり、ニコリと笑顔で振り返った。 つられて俐音も小さく笑う。 「どこ行ってたの?」 「理事長のところです」 「そう、エライね」 頭をよしよしと撫でられて、動物扱いされたような気分になる。 だけど笑顔に絆されて何も言えない。 特別棟の部屋に入るとソファで気持ち良さそうに眠っている響がいた。 さすがに屋上で過ごすには寒い季節になってきたからか、最近は部屋の中で寝ている事が多い。 「ぐっすりだね」 「起きそうもありませんねぇ」 ソファの傍でしゃがみ込んで二人は響の寝顔を眺める。 俐音がつんと頬を突くと、眉を寄せて微かに顔を動かしたが起きる気配はない。 「ねぇ俐音、ちょっと面白い事しよっか」 何も知らない女の子が見ればきっと顔が赤くなるだろう。 そのくらい綺麗に微笑む壱都に俐音は嫌な予感がした。 「い、壱都先輩?」 テーブルに置いてある小さな丸いチョコレートを取り、アルミの包みを丁寧に開く。 何をするのかなんて聞く必要もない。 止めようかと思い手を出しかけた俐音だったが、自分は関係ないからいいやと隣で傍観を決め込んだ。 顎に手を掛けて横一文字に閉じられた口を無理やりに開ける。 それで普通は目を覚ましそうなものだが、一定のリズムで上下する胸を見るとまだ寝ているらしい。 壱都はチョコレートを放り込む、というより投げ込んで口を閉じさせた。 そして二人は暫く響の様子を眺める。 「う、ゲホッ!!」 勢いよく顔を上げた響が苦しそうに咽こんだ。 それも何気なく見ていた俐音は突然後ろから思い切り押されて体勢を崩し、ソファに手をついた。 「うわっ、……なに……え? え!?」 何するんですか、と壱都に振り返ろうとしたが前から腕を引っぱられてそちらを向くと無表情の響が。 「俐音……」 「いや、ちがっ! ……ぎゃあ!!」 低音で名前を呼ばれて一気に体に緊張が走る。 必死で弁明しようとするもソファに座らせられて、しかもそのまま後ろに押し倒された。 肩をソファに押し付ける手にかなり力が入っているらしく起き上がろうとしてもビクともしない。 相変わらず睨むように見下ろしてくる響。 寝起きの悪さは前々から知っていたものの、あまりの威圧感に泣きそうになる。 「か、神奈」 「……責任とれよ、お前」 「私の話聞け、な? だから待ってってば!!」 徐々に顔を近づけてくる響に噛み付かれるのではと、何とかして逃げようと体を捻っても拘束は緩んでくれない。 もう駄目だと横を向いて目を瞑った。 「はい、そこまで」 静かな壱都の声にゆっくり目を開くと、響は襟首を掴まれてギリギリの所で停止していた。 「壱都かよ……」 全てを悟ったらしく、舌打ちしながら起き上がりソファに凭れるように座った。 俐音は慌てて立って響から距離をとる。 もう誤解は解けたが先ほどの恐怖が警戒心を誘う。 |