::トリスタン


 昼食後
 よく陽の当たる部屋にいると瞼が下がってきてしまうのは自然の事。

 だから私はそれに抗わず、握っていたペンをコトリと落として机に突っ伏した。

「堂々と寝んな」
「あいた……っ」

 顔を上げれば小気味の良い音を立てて私の頭を叩いた張本人の神奈がいた。

「痛い……」
「仕事しろ。いっぱい残ってんだろうが」
「……眠い」
「お前さっきから単語しか喋ってないぞ」

 そんな事言われても頭がボンヤリとしてまともに働かないんだ。
 口を開くのも何だか億劫でこうなってしまう。

「俐音お前」

 突然、神奈の顔が近付いてきてコツンと額同士が当たった。

 一瞬だけ、頭突き?とか思ったけどそれにしては痛くない。
 第一される覚えもないし。

 相手の顔が近すぎて目のやり所に困ってきゅっと瞑ってあれやこれやと考えていると、そっと額が離れていく感覚があって目を開いた。

 すると離れたとはいってもまだ神奈のしかめっ面が至近距離にあって。

 ていうか何でそんな眉間にシワ寄ってんだ。

「熱けっこうあるんじゃないか?」
「え……?」

 言われて自分でも額に手を持って行くがよく分からない。

「そうか?」
「あぁ、聞く相手間違えたな。おい穂鷹も寝てんなよ」

 私が文句を言うより前にソファに寝転がってる穂鷹の方に行ってそのお腹を力いっぱい殴った神奈。

「げほっ!! ……なぁ響もっとこう、ソフトに起こしてくれると有り難いんだけど」
「腹筋鍛えられるだろ。良かったな」

 良かない、良かない。
 明らかにさっき食べた物が逆流しそうになる効果しかないって。

「それより、俐音が熱あるみたいなんだ」
「え!?」

 ガバッと起き上がって私の額に手を当てた。

「ホントだ熱いねぇ」
「んじゃ保健室行くぞ」
「えっ、いい…行かない」

 神奈が腕を引いて立たせようとするのを力を入れて阻止。

「…何言ってんだ、眠いんだろ。ならちゃんとベッドで寝ろ」
「もう眠くない。むしろ瞬きすらしたくない」
「意味分かんねぇ。抱き枕も付けてやるから大人しく寝てろ」

 そう言って神奈はポンと穂鷹の肩を叩いた。
 まさかそれが抱き枕とか言うんじゃ……

「そんな抱き心地悪そうなのいるか。中身全部ぶちまけてゴミ収集車にねじ込んでやる」
「軽くスプラッタだな」
「全然軽くないよ! ぶちまける必要なくない!?」

 何やら必死に返してくる穂鷹。大きい声を出されると頭に響く。

「あるある、ワタが入ってるか確かめないと。羽毛でも可」

「入ってないから!」

 穂鷹の相手をするのがしんどくて、神奈に視線だけ送って代わりにしてもらおうと思ったのに、綺麗に無視された。

「行くぞ」
「だから、ヤダって……わっちょっ!!」

 神奈が屈んだと思ったら、ふわっと体が浮いた。
 肩に担がれて神奈の背中と床が嫌でも視界に入ってくる。以前にも見たことのある景色だ。

「おま……降ろせっ!!」
「阿呆、こうでもしないと行かねぇだろうが」
「行かなくていいんだって」
「それが嫌ならオレが姫抱っこしようか?」

 横を気楽に歩いていた穂鷹がニコニコ笑って言ったけど、それがどんなものかよく分かんない。
 首を捻ったら穂鷹が「こう」と手を前に出してジェスチャー。

「それヤダ!」
「ざんねーん」
「黙ってじっとしてろ」

 保健室自体に行きたくないって言っているのに神奈は聞こうとしない。

 暴れようにも、熱が上がってきたのか体に力が入らなくなってきた。


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