::アダルトトリオ ここはチェーン店の焼肉屋。 まだ夕方の五時という時間のためか、客はほとんどいない。 その中で机に肘をついて手を組み、その上に顔を乗せた状態のまま、ジッと入り口を睨むように見つめ続けている甘栗色の長い髪の女性に店員達は不思議そうな視線を送っていた。 タイトなスーツに皺をつける事無く背筋を伸ばし、長い足を組んでる姿はいかにも仕事が出来そうなキャリアウーマンである。 誰かを待っているのだろうが、ピクリとも動かずにいるのを訝しく思ってもおかしくは無いだろう。 だが彼女は突然組んでいた足を解き、椅子の背もたれに凭れ掛かった。 しかも舌打をしながら。 それを見ていた店員が首を傾げたのと、入り口のドアが開いたのとがほぼ同時。 入ってきたのは若い男二人組みで、どうやら女性の連れらしく、店内にただ一人ぽつんと座っているのを確認すると迷わずその席へと向かった。 「遅い!!」 「仕方ねぇだろ。あんたみたいに自由気ままに生活できる立場じゃないんでね」 「学生の分際でナメた口きくんじゃじゃいわ。私だって忙しい中を上手にやりくりして、こうやって場を作ってあげたのよ。暇人みたいに言わないでちょうだい」 「そうデスよ。せっかく佐和子さんが奢ってくれるというのだから憎まれ口を叩いちゃ駄目デスよ」 「あら菊いい事言うわねー。何でも好きなもの注文しちゃって!」 二つあるうちの一つのメニューを渡してニッコリと笑った女性を水無瀬佐和子という。 受け取ったメガネをかけた男が菊。 面白くなさそうに二人を眺めている男は増田。 インターホンを押すとすぐにやってきた店員に三人はテキパキと注文をする。 そして増田は席の端に置いてあった灰皿を自分の元に寄せてタバコに火をつけた。 「相変わらずのヘビースモーカーねぇ。やめないと死ぬわよ?」 「この年じゃ死なねぇって。頃合見計らってやめるさ」 「人の忠告を無視するなんていい度胸ね。肺ガンになって苦しむがいいわ」 「おい……今日は俺の就職祝いじゃなかったか?」 そう。今日は水無瀬学園の内定をもらった増田を祝うのが目的で設けられた集まりだ。 「おめでとう! 生徒に手を出して見事クビになる三年後の増田くん!」 「なんだそれは……」 「その後はもう転落人生まっしぐら。私の中のアンタの未来予想図はまぁそんな感じよ」 「勝手に俺の将来を作り上げるな!!」 運ばれてきたビールを一気に飲み干して勢い良く机の上に叩き付けた音に驚いて店員達がまた視線を向ける。 そんな事は気にも留めずに佐和子と増田は口論を続けていた。 その隣で菊は何食わぬ顔をして肉を焼き始めている。 「というより、男子校デショ? 生徒に手の出しようが無いじゃないデスか」 「馬鹿ねぇ。そこが隠し味噌なんじゃない」 「味噌は関係ないだろ」 「大有りね! 私はとんこつより味噌派よ!!」 「ラーメンの話してたんデスか?」 肉に向いていた視線を佐和子にやって訊いた菊に、面倒だからそんな所でわざわざ引っかかるなと増田が小さく非難する。 「増田……まあいいわ。今日は目出度い席だものね。私の金でしこたま肉を食い漁りなさい」 「嫌な言い方だな。女も三十路過ぎりゃおっさんと同じか。最近肌の張りも無くなってきたんじゃないか?」 「失礼な! 私はまだ二九よ! それにね、人間が突然に変貌したりするわけないでしょ。私のこの美貌は大台に乗ろうがそんな簡単には失われたりしないわ! だから後数年先でいいから若返りの薬作ってよ菊お願いー!!」 「えぇ!? そんな無茶な……。そっちは専門外デスよ」 突然話を振られて驚いている菊に、使えないわね! と早口で吐き捨てて大きく口を開けて肉を放り込む。 そんな彼女に菊は苦笑するばかりだ。 いつも無茶苦茶な事を言ってのける佐和子だが、愛想が尽きないのは彼女の人徳からくるものだろう。 「佐和子さんの発想はいつもユニークデスねぇ」 「ありがと。菊のその喋り方も物凄く不自然よ」 「全くだ。それいつまで続ける気だ?」 「暫くはこのままのつもりデス」 「ただの悪あがきだと思うがな」 菊が態と片言の日本語を話す理由を知っている二人は、彼のその思惑が全くの無意味である事も知っている。 それは菊だって同じだが、それでも止めたりしないだろう。 「あー!! それっ私が育ててたのにーっ!」 「はぁ?」 増田が箸で一切れ摘んだ途端に佐和子は大声を上げた。 拳を握り締めて机を叩いた手は怒りに震えている。 「他の食えよ」 「分かってない……。人間はねぇ、自分で育て慈しんだモノを他ならぬ己が手で摘み取ってこそ、自然の有り難味を感じ取る事が出来る生き物なのよ!」 「別に佐和子さんが育てた牛ではないデスよね」 「つーか、何言ってんだ」 「要約すると私はそれが食べたかったの、狙ってたのー!!」 ガタンと席を立って向かいに座る増田の頬を掴んで抓る。 「わーっ!! 危ないデスよ佐和子さん!!」 「えーい、煩い!野郎共出てらっしゃい。こんな礼儀知らずの生意気なガキなんかつまみ出しておしまい!!」 インターホンを押しながら叫んでいるので、野郎共というのは多分店員の事を指しているのだろう。 ちらほらと他に客が入り始めて、そちらの対応をしている人や、騒ぐ佐和子達の所に行って巻き込まれたくないけれど、何となく気になって遠巻きに見ている店員達。 三人はそんな事をその後数時間も繰り広げ、その店長を始め全店員にバッチリと顔をインプットされてしまい、菊と増田はこの店には二度と入れないなと会計を済ませて外に出た瞬間に思った。 だが佐和子が「結構美味しかったわね。また来ましょう」と笑顔で別れ際に言った。 冗談ではなくまた行く事になるのだろうと、二人は顔を引きつらせたのだった。 これは俐音が高校に通うようになるより数年前の出来事 end |