::愛玩


 ちらほらと生徒が行き交う寮の廊下をとぼとぼと歩く。
 彩の部屋へ遊びに行っていた帰り、そうだと思いついて方向転換。

 学園祭前の一件以来たまに顔を出すようになった壱都先輩の部屋へと向かった。
 ほんの少し喋ってすぐに帰るときもあれば無駄に長居するときもある。
 特に何をするわけでなく適当に時間を潰すにもってこいな人と場所。

 ノックをして暫く待つと「誰」と短く返事があった。

「俐音で……うほぁっ!」

 言い終わる前に軽いドアが壁に激突するくらいの勢いで開いて、中から人が飛び出してきた。

 目にも留まらぬ速さで突進してきた塊はそのまま私に正面からぶつかり、二人して廊下に倒れこんだ。

 壁に背中を強打してぐっ息が詰まったけど、塊は気付いていないのかぎゅうぎゅうと痛いくらいの力で締め付けてくる。

 苦しい、と呟きながら横に目をやると通行中だった他の生徒達にじろじろと不躾なほど見られている事に気付いた。

「おーいここ廊下。皆驚いてるよどいて」

 優しく諭すように言っても聞き入れるつもりはないらしく腕に籠もった力は相変わらずで。

 これは気が済むまでやらせないとどうにもならない。
 今までの経験から私は瞬時に説得を諦めた。

 首もとの匂いを嗅ぐようにすんすんと鼻を鳴らす仕草はまるで犬だ。
 きっと尻尾があったなら振り切れているだろう。

 ……似合う。違和感が無さ過ぎる。べらぼうに

 勝手にときめいてしまった動物好きな私はよしよしと後頭部を撫でる。
 周囲の目線は気になるが、可愛いのだから仕方がない。

 焦げ茶の髪を指で梳くと、もっとやれと言うように顔を肩口に押し付けられた。

 ああもうなんだ、この可愛さは。

 自然と緩む顔そのままに名前を呼ぼうとしたとき急に相手が離れた。

「何時までも入ってこないと思ったら……。廊下で何してんの」
「あ、壱都先輩」

 首根っこを捕まえて無理やり引き剥がしたのは壱都先輩だった。

 そしてついさっきまで私にべったりと張り付いて今は先輩から逃れようともがいているのは現在中学二年生の彼の弟、三輪

 似た造りをしている顔を同じように歪めている二人。

 三輪は髪こそ焦げ茶のストレートと違っているけれど、顔はさすが兄弟だと思わせるほど壱都先輩とそっくりだ。

 相違点を言えば兄よりも素直だというところだろうか。

 口数が少なく感情をあまり表面に出さず何を考えているのか分からない先輩。

 言葉は足りないけれど、その分くるくると変化する表情で何を訴えているのかが手に取るように分かる三輪。

 今も助けてくれと必死に目で語りかけている最中だ。

「部屋入っていいですか?」

 開けっ放しのドアを指差すと、壱都先輩は頷いて先に自分が入った。
 それと同時に手が離された三輪はふるふると顔を振る。

 乱れた髪を元に戻そうとしたのだろうが、全くその効果はなくぐしゃぐしゃなまま。

 前足……じゃない手を使え。手を
 どこまで犬っぽいんだお前

 でもさすがにそれを言うのは失礼な気がしたので口にせず「三輪、入るよ」と背中を押して促した。
 後で綺麗にしてやろう。

 部屋に入ると壱都先輩は既にベッドサイドの定位置に座り込んでスケッチブックと睨めっこをしていた。
 ちょっと機嫌がよろしくないのは創作スイッチがオンになっているからみたいだ。

 いつもこの状態になっているとき私は身の危険を感じる前にさっさと帰るんだけど、やはりというか弟は違う。

 三輪はごろりとベッドに寝そべると後ろからスケッチブックを覗き込んでいる。

 この怖いもの知らずめ!
 急に裏拳が飛んできても知らないんだから!

 ハラハラする私を尻目に歌でも歌い出しそうな三輪。
 なんだかやたらと上機嫌、だと思われる。多分なんとなくだけど

「俐音、こっち」

 ちょっと横にずれてスペースを作った三輪は、ポンポンとそこを叩く。
 シングルベッドだからそんなに大きな空間じゃない。
 私が入れるかどうかくらいの。

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