::さんざめく 入学式、周りは知らない子ばかりで、みんな自分の知り合いがいないものかとキョロキョロとしたり近くにいる子に話しかけたりと忙しない。 独特の雰囲気に包まれ、落ち着きなくざわつく教室の中たった一人、あいつだけが身動きもせずに自分の席に黙って座っていた。 口をキュッと引き結んで前の黒板を睨んでいるあいつは、明らかに他から浮いていた。 まるで話しかけるなと全身が言っているよう。 みんなが一度は目を向けて、異質なものに戸惑い、そして視線を逸らした。 俺の斜め前に座っているあいつの第一印象は、変わった奴 あいつの態度は何日経っても変わることなく、何が気に食わないのかいつだってつまらなさそうだった。 授業中も休み時間中も。 誰かが話しかけても睨みつけるだけで碌に返事もしない。 常に楽しい人間なんてそうそういないとは思うけど、ここまで仏頂面が続く奴も少ないだろう。 明るい髪色はさらに存在を目立たせ、周囲との違いをより浮き彫りとさせる。 クラスメイト達が、「アイツっていつも怒ってるな」と言っているのを聞いた。 そうだろうか、俺には怒っているというよりも手負いの猫が虚勢を張って精一杯威嚇しているように見えて、どこか痛々しく感じるのだけれど。 相変わらずザワザワと騒がしい教室の中、相変わらずつまらなさそうにしているあいつが座っている席の机をトンと叩いた。 「悩み事?」 「……なんて?」 突然話しかけられた事に驚いたらしく、反射的に上を向いてまじまじと俺を見、直ぐに睨むような目つきに変えた。 「いや、ずーっと眉間にしわ寄ってるから何か悩み事でもあるのかと思って」 「は、委員長は大変だ。そんな雑用までさせられるわけ」 意外だった。面と向かえば、しっかりと目を見返して話してくる事とか、よく見れば顔が少し女の子みたいな所とか。 そして何よりも 「俺のこと知ってたんだ」 クラスに馴染もうとせずに自分は関係ありません、みたいな態度だから俺のことなんて知らないだろうと思っていたのに。 「そこまで記憶力悪くないんだけど」 「悪い悪い、そういう意味じゃないんだ。ああ……けど、そうか。なるほど」 うん、うん。と一人納得していると、目の前にいる奴はみるみる不機嫌さを表に出して舌打ちをした。 「そういうの、やめてくんない? すっごい目障り。見えない所でやってよ」 そう言った瞬間、嘘みたいに教室の中が静かになった。 みんなが動きまで止めてこっちを見ている。 さすがに居心地の悪さを感じたのか、俺の前に座っている奴は立ち上がって歩き出そうとした。 「俺さ、水無瀬 佐和子って人の仕事の手伝い頼まれてんだ。お前も一緒にやらないか?」 それでも俺が話し続けたら、心底うざったそうに横目だけで俺を捉えて、溜め息交じりに言葉を吐き出した。 「……意味わかんない」 「分かる、絶対。居場所をもらえるんだから」 今度こそ俺に向き直った。その表情にはどうして、と書かれているみたいだ。 今まで話した事無かった俺のこときちんと知ってたから、周囲に興味が無くて突き放してるわけじゃないと思った。 だったら何でいつも一人で、誰も近寄らせないんだろう。 そんな疑問がわいてきて、でもそれにはすぐに答えが出るものだった。 学校というこの枠組みの中に存在する雰囲気に溶け込めなかった。何か違和感を感じたのかもしれない。 それは俺にも覚えがある感覚だから分かる。 どうしても浮いてしまう自分。中に入れない疎外感。 別に嫌いなわけじゃない。拒絶したいなんて思ってない。 だけどここじゃ居場所が作れないと早々に悟って諦めた。 見放される前に切り離した、自分から。 プライドが高いのかな。 でもそんなんじゃ、これから六年間つまらなさすぎるだろ。 「なんで……なんで僕なの。誘うなら他に……」 「お前が笑ったら、面白そうだから」 「……やっぱ意味分かんない」 コイツが楽しそうにしてたら、それってちょっとすごくないか? こっちまで楽しくなりそうな気がしたんだ。 俺は自分の事を一番に考えてしまうから、結局俺のためなんだけど。 「俺は小暮」 「だから知ってるって……」 「うん、でもよろしくって事で」 「……緒方、よろしく」 お互い自己紹介が済んだ頃には周囲はまた普段通りにざわめいていて、これからは緒方が波のように押し寄せてくる、自分を必要としない幾多の声の中でも孤独を感じないように、と願った。 それは案外早くに叶って、あっけないほどに馨は無邪気に笑い、『面白い事』を追いかけるようになった。 第一印象は変わった奴 大体にして間違っていなかったと思う。 そして今のあいつに対する俺の評価もやっぱり変わった奴、だ。 中学一年生の時とは別人のように変わったという意味で。 end |