::日常風景


「はじめまして、君お名前は?」

 たまたま今日は先生が休みだったせいで出された課題をするグループ分けで、人数調整の為に自分の席から離れたグループに飛ばされて。

 たまたまそこにいたクラスメイト。
 確かに俺と鬼頭はそんな感じ。

「もうどんだけ同じクラスにいると思ってんだよ! 名前くらい覚えろ!」
「だって今まで接点なんて無かっただろ」
「だからってはじめましてはおかしいだろ! 俺のハートにグッサリと刺さったぞ」
「きっとその傷がお前を一つ大人にしてくれる」
「トラウマになるわ!!」

 鬼頭の言う通り、大した接点なんてなかったけど、それでも二、三言くらいは話した事ある。
 まさか顔も覚えられていなかったとは。

「で、名前は」
「……守村」

 一向に悪びれず聞いてくるから呆れる。
 むっとして返せば「え?」と小さく言って目を見開いた。
 何だ、聞き覚えあったか?

「すっげ……MRMRだな」

 えむあーる、えむあーる……。意味を量りかねて頭の中で反芻してみる。
 そんな俺を見て鬼頭が俺のプリントを奪ってペンでさらさらと『MORIMURA』と書いた。

「……悪かったな! マ行とラ行ばっかりの苗字でっ! つか何ボールペンで書いてんだよ!!」
「すごいって言ってんだろ! 褒めてるんだよ。ほら、修正液」

 消してくれるのかと一瞬見直しかけたけど、あろう事か綺麗に文字をなぞるだけで作業をやめやがった。

「よっけい目立つだろうが!」

 無駄に丁寧に何度も塗り重ねたせいでそこが浮き上がっている。
 名前の後ろに星マークとか付けてんじゃねぇよ。

「注文の多い奴だな……。そんな細かいと女にモテないぞ」
「うるっせー」
「それにしてもあれだな。ここまでくると名前もMRじゃないと気が済まないな」

 まだそのネタを引き摺るらしく、どんな名前がいいかを真剣に悩み始めた鬼頭。

「ま、まら、みり……、める?」

 どうやら組み合わせを一つずつ当たっていくようだ。
 ご苦労な事でプリントの端っこに全部書き出していっている。

「――ってそれ俺のプリントじゃん!! お前いい加減にしろよ!?」
「なんだよモロミ」
「酢かよ! 俺の名前は酢かよ!」
「末永く健康でありますように」
「嘘だろ、それ後付けだろ!」

 俺ばっかり声を荒げて、鬼頭はさっきから顔色一つ変えない。
 その態度が更にイライラを募らせる。

「俺にはちゃんと『直貴』って名前があるんだよ!!」
「直貴? つまんね……、普通にカッコいい。もっとこう、マリモとか可愛気のあるのが良かった」
「他人の名前にケチつけんなよ。……てか、え?」
「貶しても褒めても怒るなんて難しい奴だな」

 ぐるぐるとボールペンでさっきの名前一覧を塗りつぶしていく。
 このプリントはもう諦めた。新しいのを前から取ってきたほうが断然早いと気付いた。

 教卓に置かれた余りのプリントを一枚失敬しながら、さっきの鬼頭の言葉が思い浮かんで一瞬だけ手が震える。
 何だこれ……。

 席に戻ってくると鬼頭は机の上で組んだ腕に顔を乗せて、目だけで見上げてきた。
 その仕草は小動物を彷彿とさせる。

「直貴ー、ごめんプリントぐしゃぐしゃ」

 机に滑らせて前に出された紙切れは、見る影もなく塗りつぶされていた。
 短時間によくもここまで出来たものだ。

 しかも今度はすんなりと謝ってみせるなんて。調子狂うな……。

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