ラトリアム少年


 ああこういう状況ってテレビや漫画でしかないんだと思っていた。
 
 やけに浮かれた父親が、帰ってくるなりこう言うんだ。
 
「お父さん再婚することにした」

 そして俺もお決まりのように、持っていた携帯電話を盛大に落とした。
 
 母親が死んで早二年。
 その間にこのへらへら笑う父親が、それなりに女の人と遊んでたのかそうじゃないのかなんて、かけらも知りはしない。
 
 まぁでもこうして再婚するって言ってんだから、何もなかったわけじゃないんだろう。
 俺も一生母さんだけを愛し続けろとか思わないし、その辺は好きにしたらいいと思う。
 相手の人と俺が合うかどうかは別として。

 そう、問題は相手だ。突き詰めればその相手を連れてきた父親が元凶だ。
 
「冗談でも本気でもその手を離して全世界と槙本さんに土下座しやがれ、クソジジイ!!」

 拾い上げた携帯電話をそのまま父親に向かって投げつけた。
 
 ゴン、と素晴らしい音を立ててヤツの額にストライク。
 少年野球をやっていた頃の腕は鈍っちゃいなかったようだ。
 
「だ、大丈夫ですか?」
「そいつに触っちゃダメだ槙本さん!」

 床に蹲る腐れ外道を労わるように傍らに屈み込もうとした槙本さんの腕を掴んで距離を取らせた。
 
「あ……でもお父さんが」
「お父さん!?」
「そうだよ、月乃ちゃん。息子の前では仕方ないけど、二人きりの時はちゃんと名前で呼ぶんだよ」
「ああそうだな、墓に彫る戒名で呼んでもらえよ」

 そう言ってる間も父親の背中を踏みつけるのを忘れない。
 つかこんな状態のままよくコイツ普通に喋れんな、我が親ながら恥ずかしいくらい馬鹿だ。
 
「ごめんね月乃ちゃん、いきなりこんな可愛げのない息子が出来ちゃ嫌だよね。でも本当は睦弥は優しい良い子なんだ」
「何キモい事言ってんの」
「ギャァッ!!」

 鳥肌なんて生易しいもんじゃない。
 気持ち悪すぎて踵落とし食らわせちまったじゃないか。
 
 こんな父子のやり取りを不思議そうに眺めていた槙本さんは、クスクスと笑い始めた。
 
「知ってます」
「え?」
「明里くんは優しいですよね」

 柔らかく笑む槙村さんに、何だか見せちゃいけない気がしてきて父親から足をどけた。
 
 彼女、槙本 月乃(まきむら つきの)さんは俺の同級生で、もっと言えば同じクラスだ。
 つまり高校三年生。
 
 暗いってわけじゃないけど、大人しくて自分から率先して人間関係を築いていく方ではない。
 温和で人当りが良く、頼まれたら嫌とは言えないような人。
 
 俺の知る限り父親と槙本さんの接点なんて勿論ない。
 どうやって巡り会って、何を間違えてそういう関係になったのか分かんないけど、槙本さんは強要されたんじゃないかって簡単に考え付く。
 
 俺が父親を侮蔑した理由はお分かり頂けただろう。
 
 どこをどう考え直しても犯罪者じゃない理由が見当たらない。

「ていうか槙本さんどうしちゃったの!? こんなオヤジの何がお気に召したってんだ、今からでも遅くない、全部コイツが悪い事にして警察行こう。な?」
「いや、あの」
「まだまだ睦弥もケツの青いガキってことだね、愛に歳の差なんて関係ないのさ!」
「道徳とか倫理って言葉を知らないのか!?」

 それにしてもさっきからコイツめちゃくちゃ楽しそうだな。
 槙本さんも驚いているっていうか引いてるじゃないか。
 
「知ってる。意味は解らないけど」
「そうか、生きてる事が恥ずかしいと思わないんだな」

 放置だ。放置するのが一番いいって気づいた。
 相手したら喜ばせてしまう。このド変態めが。
 

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