夢の微睡の余韻を貪りながら、猫のように丸まっていた茉莉(まつり)は、ゆっくりと目を開けた。
 
 ごろりと寝返りを打てば、被っていた布団が少しだけずれた。
 空気は僅かに冷たく、何も纏っていない肌に直接触れて泡立つ。
 
 畳の上に直接敷かれた布団の上で仰向けに寝そべりながら顔を上部に逸らした。
 
 きちんと閉められていない障子の隙間から手入れされた庭が逆さに映っている。
 
 風に揺れて花弁が舞い散って。
 
 桜の木が狂い咲いていた。
 

群青lazy


 すっかりと支度を終えて居間に行くと、テーブルの上にはもう一度広げられたらしい新聞紙が放置されていた。
 
 それを横目に見やりながら足を止めることなく、隣接している部屋の方へと向かう。
 
「亘浮さん、おはようございます」

 ノックと挨拶だけでドアを開ける事はしない。
 
 中にいる人物が起きているのは明確なので、返事を待たずにその場を離れた。
 茉莉が声を掛けたところで、部屋から出てくるかどうかは亘浮(わたうき)の気分次第だというのもある。
 
「………あれ?」

 カチャリと静かに開いたドアから青年が顔を出した。
 
 着流しを纏い、気怠げな表情を浮かべている亘浮は華奢な身体つきの優男だ。
 真っ直ぐで長めの黒髪、少し垂れ気味の目に通った鼻筋。薄い唇の右下には黒子がある。
 妙に艶のある男だった。
 
 
 純日本家屋に、和装の主。
 浮世離れした雰囲気を纏う亘浮は、どこか時代掛かった小説家風情なのだが、実際には全く文学とは縁遠い生活をしている人間だ。
 
 仕事はフリーのプログラマーで、半分趣味で半分実益を兼ねているという株式投資とで生計を立てている、どちらかと言えばハイテク。
 
 
 亘浮は茉莉を見て首を傾げた。
 茉莉は彼の疑問を先読みし、くすりと笑う。
 
「今日から私、三年生なんですよ」

 適度に着崩した制服の袖を引っ張った。
 
 春休みだった昨日までは朝は幾分かのんびりしていたのに、今日はまた一段と早いと思った。
 ああ、と得心した亘浮に頷いて見せる。
 
「そうか茉莉ちゃんは高校生だったね」
「忘れないで下さいよ、そんな初歩的なこと」

 歳くらい覚えておいて欲しいものだ。
 それもまた亘浮らしいかと茉莉もあっさりと流してしまうのだが。
 
「そうかぁ……じゃあまた今日から淋しくなるなぁ」
「何言ってんです、仕事して下さい」
「いややっぱり同じ空間に茉莉ちゃんがいるといないとじゃ、全然違うだろう?」

 どうだか。
 茉莉はそれ以上は返さず、苦笑しながら朝食が並んだテーブルの前に座った。
 
 食パンとコーヒーにサラダ。真ん中にはいちごジャムのビンを置いている。
 
 亘浮も彼女に倣うように向かいに腰かけた。
 
「じゃあ昼ご飯どうしよっかな」
「あ、冷蔵庫の中に入れてますよ」

 熟れた赤いジャムをトーストの上にまんべんなく塗りながら、何気なくそう返せば亘浮は持ちかけていたコーヒーのカップをまた置き直し。
 
 顔をふるりと振りながら、ため息をこれ見よがしに吐き出した。
 
「抜かりが無さ過ぎる……」
「は?」

 何故それでがっかりされなければならないのか。
 怪訝に思い露骨にそう顔に出せば、亘浮は恨めし気に見返してきた。

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