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「フるも何も付き合っていたわけではないので……」

 そんな概念が彼には無かった。
 ただ目の前にいるかいないか、それだけだった。

 その点では瑞貴と何も変わらない。
 あそこに居る限り侑莉は居候であり続け、去った今となってはその関係性に名などないのだから。

 いらないのかもしれない。恋人だなんて形式に囚われずとも、確かにあの瞬間は心通わせていたのだと思えるならば、それでいいのだろう。

 けれど、だったとしても。

 確固たる証拠が欲しかった。独り善がりではないのだという証が。
 あなたは何なのかと問われても、答えに戸惑わずに済むように。

 凌に好意を寄せる女性達に堂々と、私がいるから彼は諦めろと言えたなら。
 
 侑莉から言えるはずもなかった。凌が言うはずもなかった。
 そんな面倒なものは作らないのだと凌自身から聞かされていたのだから。

 面倒だなんて思われたくない。ならばこのままでいい。

 望んで曖昧な関係に納まっていながらも、一瞬で断ち切られてしまいそうな自分の立ち居地に怯えが生まれた。 >

「だーから言わんこっちゃねぇ」
「え?」

 髪をぐちゃりと掻き混ぜながら吐き捨てるように呟いた瑞貴は「なんでもない」と侑莉の問いには答えなかった。

「よく言うよな、女は言葉にしないと安心しないって」

 全くその通りだった。
 侑莉から凌に要求するのはおこがましいと思うだろうし、それだけが原因で家に帰ってきたわけではないのだけれど、一部の要因ではあったのは確かだ。

「言葉足らずな凌に代わってオレがあいつの恥ずかしい過去を大暴露してやるよ」

 瑞貴はこれからの長話に備えて喉を潤すかのようにコーヒーを飲み干した。

「言ってもオレが知ってんのは高校の間だけなんだけどな」

 卒業後は当然だがバラバラで、凌が地元に戻ってくるまでのことは瑞貴は知らない。

 連絡を取り合うなどという仲良しぶった間柄ではなかった、少なくともここ一年ほどまでは。

「出会ったときからあの仏頂面でよ、クソつまんなさそうに廊下歩いてるもんだからついついちょっかい掛けたくなってなぁ。初めのうちは何度か殺されかけたけど、そのうち普通に話すようになって……。まぁでも本当につまんなかったんだろうな」
「学校が、ですか?」
「何もかもが、だよ」

 人と接するのが。動く事が。生きる事が。息をする事が。
 何もかもが面倒だと高校のときの凌は時折漏らしていた。

 なら死んでしまえと瑞貴は言った。



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