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「おい侑莉」
「……へ?」

 耽っていたところに声を掛けられて顔を上げれば、普段着に着替え終わった凌がいた。

「あんなもん律儀に出るな」
「え、ああ……でもちゃんと出ないと鳴り止まない事もあるし」
「……ったく、だから鬱陶しい女は嫌いなんだ。いっそ番号変えるか」

 面倒くせぇ、と舌打ち混じりに吐く凌に胸が痛む。
 鬱陶しいのは私だって変わらない。

 手間をかけさせているのは紛れも無く侑莉なのだから。
 きつく目を瞑り、すぐに開いてから何とか笑みを作った。

「でもやっぱり香坂さんってモテますね」
「嬉しかないな」

 聞く人が聞けば激怒しそうな台詞をさらりとこちる。

 本人がどう思おうが事実は揺ぎ無く、侑莉が目の当たりにする度に泣きそうになるのも事実。

 凌は自分の手元に携帯電話さえ無ければ、女性達とは連絡の取れない、無関係そのものだと言う。
 けれどそれは違うのだとここ数日で侑莉は知った。

 いくらこの履歴を消したところで、侑莉が凌に取り次がなかったとしても、彼女らの方に凌の番号が残っているのなら繋がりが消えたと言えないのだ。

 向こうが凌と関係を持とうという意思を持っている限りは。
 そんな人にとって自分は邪魔者以外何者でもない。

 また私は同じ事を繰り返す……

「……あ、そうだ。瑞貴さんがって香坂さん?」

 凌は瑞貴の名前を出した途端、露骨に眉を顰めた。

「どうせ構えとかそんなとこだろ? ほっとけ」
「今度飲みに行こうって言ってました。私もどうだって誘ってもらいましたけど、未成年なんですよね」
「クソ真面目だな。俺も瑞貴も高校の時には普通に飲んでたぞ」
「聞かなかったことにします」

 くすくすと笑って立ち上がる。
 もう既に用意が整っている夕食を出すためだ。

「侑莉」

 皿に装っているときに声を掛けられて、振り向かず「はい」とだけ返事をした。

 凌の方を向けば、にやけているのを不審がられてしまいそうで。

 最近、名前で呼んでもらえるようになった事を密かに嬉しいと思っているのだ。

「結局なんで父親と喧嘩したんだ?」

 今までの会話から逸脱し、今更と言える方向へ切り出された問いに一瞬動きを止める。

 手に持っている取り皿を危うく落としかけ慌てながら何とかテーブルに置くと、微動だにせず侑莉を見ていた凌に向き直る。

「どうして今?」
「何となく気になったから」

 以前は他人の家庭事情など聞きたいとは思わなかった。
 知ったところで凌にメリットは無いし、最悪巻き込まれでもしたら堪らない。
 その考えは今も変わらないけれど、それはそれ。侑莉の事だから。

 目を伏せた侑莉の返答をじっと待つ。

「侑莉」

 名前を呼べば言っていいものかどうかと迷いのある目を恐る恐る合わせてきた。
 それほど深刻な話なのだろうか。

「言い難いなら……」
「あの、笑いませんか?」

 凌が何を言おうとしたのか解ったらしく、侑莉は違うと否定するように言葉を被せた。
 おずおずと凌を窺う。

「笑われるような理由で家出するか普通」
「わ、私にとったら至って真面目なんです!」

 だが不本意にも過去オーナーの大笑いを誘ってしまっただけに、強く否定できないのが悲しい。

「笑わないで下さいね」
「分かった分かった。飯食いながら適当に聞いとく」
「香坂さん!」

 座った侑莉は既に食べ始めている凌に頬を膨らませた。
 箸を指で転がしている間も、凌は黙々と食べ続けている。
 まるで侑莉が話し出すのを待っているかのように。




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