▼page.2 「それ、バックで飲んできていいよ。どうせもうピークは過ぎたし」 朝は通勤時間は混雑するが、それを抜ければ後はちらほらとしか客は来ない。 気を利かせたつもりだったが、侑莉はゼリーを見つめたまま動こうとしない。 「侑莉ちゃん?」 「いえちょっと勿体ないなって」 「侑莉ちゃん! 頭撫でていい? まるで子犬のように撫でくり回していい!?」 「それは……」 侑莉は小走りでカウンターから出てバックルームへ逃げ込んだ。 蓋を開けてゼリーを一口含むと、もうすでに温くなり始めていた。 昨日思い知ったばかりなのに……。 凌が侑莉に触れるのも、気にかけてくれるのも、ただの気紛れだと。 分かっていても嬉しくて、嬉しいから困る。 今までなら瑞貴がいるからと一線を引けていたのに、男だという事実が発覚してしまったからには枷にはならない。 それどころか、凌の態度が目に見えて柔らかいものになってきたから、余計に気持ちの度合いが大きくなってきているように思う。 父親への反発心からくる思い付きに凌を利用しようとした罰が当たったんだろうか。 「あれ、侑莉さんおはよう」 侑莉と交代でシフトに入っている希海がバックルームに入ってきた。 笑っておはようと返すと、希海は怪訝そうに眉を顰める。 「大丈夫?」 「え? うん。大丈夫だよ」 頭を抱えたい悩みはあるが、体調は至って良好だ。 それとも、相当おかしな顔でもしていたのかもしれない。 だが希海は表情を変えず、ジッと侑莉を見つめた。 侑莉に「大丈夫?」などという質問は意味をなさない。絶対に首を横に振ったりしないからだ。 それでも聞いてしまうくらいに危うい。 精神的に追い詰められれば、いずれ身体の方にもその影響は表れてくる。 本人が気付いていないだけで、今の侑莉は随分と顔色が悪い。 オーナーは何で気付かなかったんだとドアを睨む。 「オーナー!」 荒々しくドアを開けて呼びつけると、希海は腕組みをして黙り込んでしまった。 理由は侑莉には分からないが、怒っているようだ。 「はーい、なになに」 「なにじゃないです、どうしてこんな侑莉さんを普通に働かせてたんですか!?」 暢気に入ってきたオーナーに、掴みかかりそうな勢いで詰め寄る希海。 こんな、と指を差された侑莉はチラリとオーナーを見る。 「えと……、侑莉ちゃん気分悪いの?」 「あーもう、どうしてオーナーは肝心な所で鈍感なんですかね!」 変なところで驚くほどの洞察力を発揮するオーナーだが、それはいまいち使い物にならないと希海は苛立つ。 だが侑莉自身が気付かずに平然としているのだから、オーナーや凌が察するのは難しいだろう。 希海が敏感すぎるのだ。 「とにかく! これ以上家主さんだけに任せてたら間に合わなくなりそう」 希海は侑莉の方を向いて、それから視線を彷徨わせた。 「侑莉さんどうしてそんな普通にしてられるの?」 「そう言われても……元気だから」 嘘つき! と叫びそうになったのを堪えた。そんなわけがない。 その証拠に、侑莉はほとんど食べていないと思われる。 前 | 次 戻 |