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「買ってきたよ!」

 珍しく怒気を含んだ声音で侑莉が言う。その手には花束が乗せられていた。

 隣にいる巧の手には水の入った桶が。
 彼もまた不機嫌そうだ。そんな姉弟に父親は朗らかに笑いかけた。

 二人の怒りの矛先が決して凌ではなく自分に向いていると分りきっていて、だ。

「遅かったじゃないか」
「お父さんのせいでしょ? もう、だから私が言ったのに」

 この墓地へ来る途中、道のすぐ側にあった花屋が目に入った侑莉は父親に、そう言えばお供えの花を用意していないから買った方がいいのではないかと提案したのだ。

 だが司は必要ないとはっきりと返した。少し墓を綺麗にしてあげればそれでいいと。

 なのに着いてすぐ、やはり花があった方がいいと言い出して、侑莉と巧に買いに戻らせていたのだ。

 要領が悪すぎると散々文句をたれながら子供達は凌を残してUターンし、今やっと帰ってきた。
 
 侑莉は凌を一人置いていく事にかなり抵抗を覚えたようだったが、司が容赦なくおいやってしまった。
 ちらちらと後ろを振り返りながら花屋に向かうのを見送りながら凌が苦笑するほどだった。
 
 この父親と二人きりにさせるのに不安を感じるのは当然だとすぐに気付いたが、司は最初からそれが狙いなのだとも気付いていた。

 侑莉はくいと凌の服の袖を掴んで、小声で問うた。

「お父さんと二人で何話してたの?」
「あー色々」

 取り立てて本人に伝えるような内容ではない話で、凌はぼかした。
 首を傾げる侑莉に司が肩を叩いた。

「手のかかる娘をよろしくって言っただけだよ」
「……凌さんに変な事教えてないでしょうね」

 引っかかる言い方をする父親をじとりと睨む。

 正確に何を伝えたと教えられても、恥ずかしい思いをするのは侑莉のような気がするので深くは追求しないが、知らないままでいるのも気が気ではない。

 誰よりも侑莉の過去を知っている司だから、赤裸々に語られては堪らない。

「いい加減こっち手伝えよ!」

 無言で父親をけん制していると、一人で花を供えていた巧がついにキレた。
 慌てて侑莉は手伝い始めたが、司と凌は後ろで眺めているだけだ。

 花も供えて参り終え、司もこの後仕事が控えているので帰る事になった。

 綺麗に整えられた母親の墓石の前に改めて立つ。

「侑莉行くよ?」
「あ、うん」

 三人の元へと駆け出した。
 そっと凌の隣まで行く。
 凌は横目で侑莉を見ると、僅かに笑みを作った。
 それを見返しただけで胸がいっぱいになる。

 侑莉は一度だけ後ろを振り返った。

 いっぱい心配かけたかもしれないね。
 でももう大丈夫だよ、お母さん。

 もう大丈夫。過去はなくならないし、忘れるなんて出来ない。
 でもそこに縛られて現実から逃げる事はもうしないから。
 それを許してくれない人もいてくれる。
 支えてくれる人達がたくさんいる。
 何をおいても、傍にいたい人が出来たから。

 左手の薬指にはまった指輪を撫でた。

 その時、黒く大きな蝶がふわりと舞って消えていったような気がした。




fin.
'07.7〜'10.8
'12.2〜'12.7



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