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 侑莉が十二歳の時に母親が死んだ。交通事故だった。

 その日、侑莉は体調を崩して学校を早退する事になり、母親に迎えに来てもらうことになっていた。

 けれど何時まで経っても迎えは来ず、代わりに保健室に入って来た担任に告げられたのが

「宮西さんっ、お母さんが事故にあったって――」

 だった。
 侑莉は保健室を飛び出した。

 学校を出て真っ直ぐ進んですぐの突き当たり、大きな通りに出た処での正面衝突事故。
 相手は大型トラックだった。

 大型トラックが大幅に車線を越えて反対側へと侵入しており、避け切れなかった母親の車とぶつかったようだ。

 両者共にスピードは出ていたようで、見慣れた黒の自家用車は前半分が原型を止めないほどにひしゃげていた。

 道を遮るように停まった歪な車と、コンクリートに散らばるガラスの破片。

 オイルは流れ出して鼻につく臭いがする。
 それとは別に所々に溜まっている赤い液体。

 血だ。もう既に母親もトラックの運転手も救急車に搬送された後だった。

 母親が無事であるとは到底思えなかった。
 侑莉はまだ事故が起こったばかりの生々しい場所でずっと立ち尽くしていた。

 少女は見るべきではなかったし、教師達も何が何でも止めて見せるべきではなかった。

 侑莉のために慌てて学校へと向かう道すがらに、凄惨な事故に遭ったのだとこんなにも早い段階で目の当たりにさせてはいけなかった。

 目前にある光景は、自分のせいなのだという事実を叩きつけられると同時に崩れ落ちた。


 次に目を覚ましたのは病院の一室で、侑莉の手は弟の巧にしっかりと握られていた。

 暫らくぼんやりと弟を眺めていたが、すぐに襲ってきたのは恐怖と嘔吐感。

 受け入れる事の出来ない恐ろしさに居てもたってもいられず、病室を抜け出した。

 眠たげに目を擦る弟と手を繋いだまま病院内を彷徨ううち、通路の端に設けられた共有スペースのソファに腰掛ける父親を見つけた。

 いつもは快活で背筋の伸びた父が、背を丸め俯いて座っている姿。
 肩は小刻みに震えていた。

 近寄れなかった。「お父さん」と声を掛けられなかった。
 そんな事は許されないような気がして。

 だってお父さんが泣いているのは私のせいなのに

 私のせい?
 お母さんが事故に遭ったのは。

 遭って、どうなった? どこにいるの?
 どうしてお父さんはあそこに一人でいるの。

 侑莉は叫んでいた。

 後で知った話、事故はトラックの運転手の飲酒運転が原因であったらしい。

 だがそれは侑莉にとってはあまり意味の為さない事実であった。

 侑莉が体調を崩さなければ、家に連絡をして母親に来てもらうような事にさえなっていなければ良かった話なのだ。

 事故があって二日後の通夜と葬式の間中、父は母の棺から離れる事はなかった。
 そしてそれを侑莉はただ遠くから見ているしかできなかった。

 奪った。父から、巧から。
 集った親戚や知り合いの大人たちは挙って「不幸な出来事」だと口にした。

 彼等はまた侑莉や巧に対して「可哀相」だとも言った。
 不幸を招いた侑莉が可哀相であるはずもないのに。
 それに当てはまるのは父と巧だ。

 何もしていないのに一方的に奪われたのだから。

 父親は何も言わない、巧は母の死を明確には理解していない。
 だから尚更、侑莉はどうする事も出来なかった。

 ごめんなさい、ごめんなさいと会場の隅で泣いていた侑莉に手が差し伸べられた。

「泣かないで、大丈夫?」

 けれど泣き止まない侑莉と彼女に寄り添う巧の前に座り込んで、静かに見守っていたのは千春だった。

 会ったのはその時が初めてだったが、親同士が懇意にしていて家も意外と近かったため、それからはよく三人で遊ぶようになっていった。




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