▼page.13 「きゃああああっ!!」 ミラちゃんの悲鳴に振り返ると、空に黒い塊が出来ているのが見えた。 徐々に大きくなってくる。曇天にも分かる異様な黒さだ。 魔物の大群がまた近づいてきている。 「うそ……」 もう一度ディーノ達の方を見た。 まだ落雷の被害が生々しく、黙々と煙だか土埃だかが巻き上がっていて彼等の姿は確認出来ない。 ど、どうしよう。オロオロしてる間にも奴等は迫ってきている。 泣きたいけど、泣き言言ってる場合じゃない。今いるこの中じゃ私が一番の年長なんだからしっかりしないと。 「ミラちゃん走れる?」 「え、あ、うん……大丈夫」 ミラちゃんは動くには向かない舞台用の衣装を身に纏っている。それは私も同じだけど、私は体力があるから何とでもなるのだ。 ミラちゃんが大丈夫ならミケくんもホズミもまだ動けるだろう。 「じゃあ三人は出来るだけ急いで町へ戻って」 「ハルは? ハルが行かないなら」 「ホズミ、二人と一緒に行って」 予想通りというか、案の定ホズミは食い下がってきた。 見てるこっちが心配になるくらい顔を歪めている。 「ミケくん、ホズミをお願い」 こくりと頷いてミケくんがホズミを担いだ。大暴れするホズミをなんとか押え込む。 魔物の群れは鏡と私を目印にしてやってきている。その私が町に逃げ帰ったりしたらどうなるか。 戦闘要員が居ない状態の町に魔物を連れて行くのだけは避けたい。 喚きながら抵抗するホズミを担いで走って町へ戻っていくミケくんとミラちゃんを見送って私は焦土と化した地面のど真ん中にぽいと放置された鏡を持ち上げた。 干ばつで枯渇したこの地を潤す為に齎された鏡が、まさか時を経て災いを生む魔具になるなんて皮肉な話だ。 ……なんて偉そうな事を思って感傷に浸っている暇はない。 ディーノ達がいるであろう場所はまだ煙と異様な光で何が起こっているのか分らないし、近寄れるような状態じゃない。 彼等の無事は気になるけれど、まずは魔物の大群をどうにかする方が先だろう。 ふふふ、私は何も考えずにここに残ったわけじゃないのだ。ちゃんと策は用意してあります。 孔明もびっくりな策がな! 要するにだ、鏡が原因で魔物が続々と雪崩込んできてるんだから、鏡にどうにかしてもらえばいいんじゃないかと。 祝詞もなにも知らないけど、まぁなんとかなるでしょ。私これでも神の使者だからね。どんな言語もたちどころに脳内翻訳しちゃうからね。 願いを口にすればそれでいけるはず。 ブラッドが言っていたじゃないの、神の力に対抗できるのは神だけだとかそんな感じの事。 だったら最初からブラッドに無理させずに、私が鏡にお願いすれば良かったんじゃないかな、とか今更思いついたのだ。 本当に今更で申し訳ない。これについては後で関係各所に謝罪させていただきます。 私は鏡を掲げた。もうすぐそこまで迫っていた魔物に向けて。 今です! 「魔物よ消えろ!! ここを元の平和な場所に戻して!!」 渾身の力を振り絞る勢いで、肺の中の空気を全部吐き出して大声を張り上げた。 グワアアアアアッ!! 返ってきたのは魔物達からの一斉の雄叫び。 まるで非難轟々、罵詈雑言を浴びせられたような気分だ。 全然、全く、これっぽっちも効き目なんてありゃしませんでした。 「なんっでやねん!!」 鏡を激しく地面に叩きつけて尚且つ足で踏みつけた。 割れろ! 割れろ!! めっちゃ恥ずかしいわ! なんかあたかも魔物が一瞬で消え去るかのような自信たっぷりに叫んだから羞恥心ハンパないわ!! なにが孔明だ! 自分のバカさ加減に涙を流しながら鏡に八つ当たりしている隙に魔物の群れが目の前まで接近していた。 もう、どうにでもなれだ……。自棄になって立ち尽くしたまま目を閉じた。 どうせ誰かに助けてもらわなきゃ自分じゃ何にも出来ないんだ私は。 頼る人がいないんじゃどうしようもない。ただ私を殺したらそれで満足してこの魔物達が帰ってくれるのを祈るばかり。 ああ、ごめんねホズミ。最後まで怒らせたまんま別れちゃったね。不甲斐ないお姉ちゃんだね。 「そう簡単に死なせない」 耳元で突然囁かれた言葉に反射的に目を開けて振り返った。 と言っても背後から腰に手を回されて身体はしっかり固定されているから顔を振り仰ぐしか出来なかったのだけど。 そこにはここ最近で見慣れた男性がいた。 顔を顰めて私を咎めるような表情をしたディーノが。 前 | 次 戻 |