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なんて謙虚な事を死ぬ直前、これまでの人生を走馬灯のように脳裏に駆け巡らせながら考えていたせいでしょうか?
なんだか、あの、わたくし……生きているのですけれど。
いやあの違うのよ、死にましたよ確かにわたくし息を引き取りました。
死んだと思ってたんだけど実は仮死状態でなんとかなりましたー、目覚めたらベッドの上でーみたいなのではなくてね。
はたと気が付いたらわたくし、長閑で美しい庭園で香り立つ紅茶を片手に優雅にティータイムなんてして寛いでいたのよ。
どうして? 数秒間までわたくし、全身血塗れでお腹に槍を突き刺していたりとかしていたのだけれど……
あれわたくし何やってるんだっけ?
周囲の方々に不審に思われないよう気を配りながら、視線を彷徨わせた。
見覚えのある風景でした。ここは王都から少し離れた所にある王族がプライベートで使用している宮ですね。
人生最後の数か月が凄惨過ぎて忘れていたけれど、わたくしこれでも王家の覚えもめでたいヘルツォーク公爵家の娘だったのよね。
我が家は古くから王家とは良い縁を築いていただいているので、王子や王女が小旅行をすると言っては呼び出し……もといお誘いをいただいてるわけです。
ち、めんどい、とか思ってませんでした。お声を掛けていただいてありがとうございますという感謝の気持ちのみで毎回参加させていただいておりました!
ああ、段々と思い出してきましたわ。確かこれはジェイドが消失して少しした頃、塞ぎ込んでいるわたくしの気を紛らわせようと王子と王女が外へ連れ出してくれた時だ。
両手をそっとテーブルの下に隠して、右手で左手の甲を思い切り捻ってみる。……地味に痛い。
という事はこれは夢じゃない? 紅茶に映るわたくしの顔も、不摂生のせいで少し痩せてしまっているけれど、闇堕ちした後のように生気がなく死人のようとまではいかない。
夢を見ているのかと思ったが、どうも違うみたい。これはまるで……まるで時間が巻き戻ったかのような。
転生という考え方があるのは知っています。でもそれは、一度死んで別人として生まれ変わる事だったと思うけれど、わたくしはまたルルーリアとして二順目を繰り返している。
しかも死んだ時から言えばざっと一年半くらい時を遡っただけ。
以前物語で、主人公が過去に戻って絶望的な未来を改ざんするというのを読んだ事があるのを思い出しました。正しくこの事象はそれに当たるのではないでしょうか?
トモヨさんに言わせればこの世そのものが絵空事なのだそうだから、本のページを捲って戻るのと同じように過去へ戻る事が出来てしまうのかもしれない。
あらそうだわ。確かこのお茶会の途中で――
気付いた途端、庭園の側にある噴水の方で目を覆いたくなるくらいに強い光が放たれた。ほぅらやっぱり。
この場に居合わせている他の皆さんも口をぽっかり明けて呆然としているから、わたくしの様子が少し違う事には気づいていないでしょう。
神々しい光を纏いながら、突如として現れた奇妙な服を着た女性。
何も無かった場所に突然人が出現して驚くわたくし達と、同じかそれ以上に状況に困惑している女性。
お互い訳が分からずオロオロするという、客観的に見てなんともお間抜けな図だ。
そうなのです。ちょうどこの時に異世界よりトモヨさんがやってきたのでした。
一番最初に我に返ったのは騎士である男性。
「貴様何者だ!」とお約束な尋問と同時に剣を抜く。まだあどけなさを残す女の人に向かって容赦なく剣を突き付けるというのはあまり褒められた事ではないのだけれど、場所が場所なだけにこの警戒も致し方ないですよね。
王子と幼い王女はすぐさまがっちりと侍女や護衛騎士達に守りを固められ、他の者達は警戒心むき出しで少女を睨んでいる。
敵意を一身に向けられた女の子は、今にも泣き出しそう。
因みにわたくしはというと、五歳になられたばかりの王女様を腕に抱きながらこの状況を見守っています。
しがみ付いてくる王女の頭を撫でてからそっと手を離し、傍にいる侍女に預けて私は立ち上がりました。
「イーノック様、剣をお納め下さいまし」
「何を仰いますルルーリア様!」
「ユーフェミナ様が、怖がっておいでです」
ゆっくりとした足取りで突如として現れた女の人と騎士であるイーノックの間に立つ。
ユーフェミナ様というのは王女の名前です。ことさらにそこを強調していうと、イーノックは渋々剣を下ろしてくださいました。
ついでに言うと王子の名前はレオナルド様。
イーノックを確認してから私はくるりと半回転し、女の方を向いた。
恐々としているその人は、肩につくくらいの長さの黒髪に同じく黒目勝ちのくりくりした瞳の可愛らしい女性。にっこりと笑って大丈夫だと示す。
「お名前を教えていただけます? 可愛い侵入者さん」
知っているけれど、そんな事はおくびにも出さない。あくまでも初対面だという態度を貫き通す。
「安芸 智世……です」
聞き慣れない音の名。アキ トモヨ。トモヨの方が名前だとわたくしは知っている。
「わたくしはルルーリア・ハン・ヘルツォーク。ではトモヨさん申し訳ないのだけれど――」
貴女の話を聞かせていただけないかしら? と言おうとしたのだけれど、途中で割って入った奇声にかき消されました。
ガラスを引っ掻いたような、身体が拒絶反応を反射的にしてしまう奇妙で、人間には出せないような声。声だと判断出来たのは多分わたくしくらいでしょう。
「な、なんだ!?」
周囲が耳を塞ぎながらざわめき、鳥が逃げてゆく。皆がきょろきょろと辺りを見渡しています。
遅かったか……。舌打ちしそうになって慌てて下を向きました。いけないいけない、公爵家息女がはしたない真似をしては。
「きゃあああっ!!」
いち早く気付いた給仕の女性が悲鳴を上げた。彼女の視線の先にいるのは、二足歩行をしているけれどおよそ人とは言い難いモノでした。
それには瞳はなく落ち窪み肌の色は土色、肉は腐っていて所々皮膚が爛れている。それぞれが獣じみた奇声を発し不協和音として耳をつんざく。
ずるずると足を引き摺って近づいてくる奴等は、とてもじゃないが理性など存在するとは思えない。
低俗死霊
初めて遭遇した時はわたくしも混乱して何も出来なかった。ただ怖くて悍ましくて立ち竦むしか出来なかった。でも今は違う。わたくしは、もう怖くない。
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