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「ウィスプ。間違ってもアルやオズのように育ってはダメよ」

 そっと無垢な子の小さな手を取って言い聞かせてみます。どっちかというと女の子寄りなウィスプなので、大丈夫だろうとは思いますが。
 精霊は人と行動を共にすることで、人間の習性を吸収して真似ようとしますからね。
 教育は最初が肝心。
 
 真剣に説くわたくしに、ウィスプも神妙な顔をして頷く。一体どこまで分かっているのやら。やっぱり精霊というものは可愛らしいです。
 
「そうだわ。オズ、宝物庫にあったアイテムは貰ってもいいのかしら?」
「勝手に漁るな」
「いえだって、道に迷って」
「迷うのと、家探しするのは別だろうが」

 まぁなんて正論を。
 けれど、道に迷って「宝物庫」なんて分り易く書かれた部屋があったら、ふらっと吸い寄せられるように入りたくなるじゃない。
 例え鍵がかかっていようが、開錠の術をウィスプに唱えさせてでも入りたいじゃない。
 
 そしてこれ見よがしに宝箱なんてあったらもう、ミミックの罠という可能性があったとしても、何としてでも開けてやろうと――
 
「精製に使う分だけなら持って行け」
「えっ?」

 まさかそんなあっさりと、許可が下りると思っていなくて、問い返してしまいました。
 何度も言わせるな、と眉間に皺を寄せるオズ。
 「デレた! デレたよウィスプ!」とトモヨさんが小声で狂喜していますが、でれたって何でしょう? あちらの世界の言葉でしょうか。後で意味を教えてもらいましょう。

「アイテム精製の知識を持った者は、ここにはいない。持て余してあそこに放置しているだけだ」
「まぁそうですの。じゃあ遠慮なく」

 予想よりあっさりとアイテムを入手できました。
 
「あ、そういえば、国王にどんな返事をしましたの?」

 すっかり本題を忘れておりました。

 国王からの書簡の内容はずばり、竜王の召集。
 そして、この精霊が尽く消されて魔族が跋扈する未曾有の事態に対して、竜騎士の全面協力の要請です。
 
 一応竜騎士もお国の僕という位置関係にはありますが、竜自体はちっぽけな人間に下るような真似は致しません。
 あくまでも騎士個人と契約を交わして協力関係にあるというだけです。
 なので国王がどう言おうが、騎士は動いてくれても竜が無視をするというお間抜けな事が起こりうるのです。
 
 実際、過去幾度かあったそうです。人間同士の小競り合いに何故我々が手を出さなければならないのかと、戦争出兵拒否。
 カッコいいわ竜の皆様。自分の意思を曲げないその姿勢、わたくし尊敬します。
 
 そんなわけで、この竜騎士の城砦は、完全に独立した小国のような扱いなのです。
 しかし今回ばかりは、人間がどうのと言ってられません。大陸全土が腐敗し死に向かっているのですから。
 
「協力は惜しまない。俺も準備が整い次第王都へ行く」
「……そう」

 そうでしょうね。その答えはわたくしが死ぬ前の、前世と同じものです。
 竜騎士が大規模な魔族の駆逐を始め、オズはトモヨさんと魔王討伐に向かった。
 
「分りました。では一足先にわたくし達はこの書簡を持って王都に帰ると致しましょう」

 さて、今度こそわたくし達の目的は達成されました。あとはこれを国王にお渡しすればいいだけ。
 
「トモヨさん、ウィスプ。行きましょうか」
「あ、はい」
「では今度こそ、御機嫌よう」

 扉を開けてトモヨさんとウィスプを外に出し、最後に頭を下げる。
 いつものようにスカートを摘まんで、とはいきませんので、男性のような礼になってしまいました。
 ドアノブに手を掛けて閉じようとした時。
 
 ぐいと腕を引かれて室内へと強引に戻され、目の前で乱暴に扉を閉められました。
 
「なっ、何をなさいますの!」

 危ないじゃありませんか! もうちょっとで顔に扉が当たるところでした。
 ……というか、さっきまで部屋の一番奥にいたはずですのに、一瞬で移動してきたのかしらこの人。
 竜騎士ってそんな芸当ができるの? 初耳だわ。
 
 扉に手をついたまま、上からわたくしを見下ろしてくる男を睨みます。
 こういう時は先に目を逸らした方が負けと言いますし。
 
「どうしてお前は光の巫女と行動を共にしている?」
「何を言い出すかと思えば。一度は彼女と同じ境遇に立ったわたくしが、サポートして差し上げるのは変ですか?」

 ただ一点、大きな相違があるとすれば、トモヨさんが異世界人だという事でしょう。
 その事に関してはわたくしも彼女の心を汲みようがありませんが、元巫女として同じ女性として、出来る限り援護するというのは、流れとしておかしくないはずです。
 
「お前なら、自分がどれだけ無謀な事をしているか自覚しているはずだ。地下迷宮でも思い知っただろう。ジェイドの加護を失くしたお前にはもう、魔族と対峙する力などない」

 それはもう、痛感しましたが。だからと言って投げ出すわけにはいきません。
 この先の未来を知っている者として、一度は破滅へ導いてしまった咎がある者として。
 
「……お前が、死に急いでいるように見えるのは気のせいか?」
 
 どくりと心臓が不自然に大きく鳴った気がしました。思わずオズから視線を離してしまいました。
 死に急ぐ? わたくしが? そんなの、あるわけが
 
「ルルーリア」

 オズの落ち着いた低い声がわたくしの名を紡いだ。滅多に呼んだりしないのに。
 恐る恐るもう一度目を合わせると、彼はわたくしの真意を探るように覗き込んできました。
 
 ぎゅっと拳を握る。
 
「死ぬのなんて、嫌に決まっているじゃないの。それにルーク様との約束を反故になんてしませんわ」

 昨晩、命を粗末にしないと誓ったばかりです。
 笑顔で言うと、暫くオズは訝しげに見てきましたが
 
「なら、いい」

 と興味を失くしたように離れました。
 ほっと息を吐く。
 
「オズ。貴方の思いやりは、ずいぶんと伝わりにくいわ」
「伝わればいいというものでもないだだろう」

 伝わるに越した事はないとも思いますけれど。
 本当に、捻くれ者につける薬はありませんわね。頑張って精製してみようかしら。

 どうやら本気で心配してくれていたらしい幼馴染に「ありがとう」とお礼を言って、今度こそ執務室を出ました。




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