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外は真っ暗で、辺りはぽつぽつ浮かぶ街頭だけが頼り。
やはり金持ちは街中ではなく、ちょっと明るい所から離れた静かな場所に家を建てるものだな、と明宏はぼんやりと思った。

とぼとぼと荷物を抱えて夜道を歩く。
この街に来て、一週間がようやく経った頃だ。まだどこに何があるか良く分からない。
それに友達は増えたといっても、いきなり「泊めて」なんて連絡出来ない。八方塞だ。
かと言って、今更やっぱり居させてくれなんて言える訳がないのだ。

今まで、どうも思わなかった嘉人が、今は怖い。


(…俺、ワガママすぎ、だよな…)


勝手に居候になったうえに、いつも暴力に近いことをやって、勝手に出て行って。
しかも嘉人は1つ先輩。
今まで先輩になんて事をやっていたんだろう、と明宏はちょっと自嘲した。自分がガキすぎる。
そう自覚した瞬間、一気に絶望感に襲われた。

でも、今更反省したところで誰も迎えになんて来ない。どうしようもなくて、明宏はふらふらと近くにあった公園へと迷い込んだ。


真っ暗だけれど、オレンジ色の優しい灯りがベンチを照らしている。とりあえず歩くのも疲れるので、明宏は安心するようにベンチに座った。

ふと、公園+住む場所を失った自分をイコールで結ぶと、ホームをレスした人になるなと明宏は思った。豪邸に住んだかと思えば、一気にその日暮し。

ぼんやりしながら夜空を仰ぐ。人口の光が少ないからか、星や月の光が綺麗に見えた。
輝かしいばかりに今日は満月。だから真っ暗でも怖くなかったのか、と安心する。

明宏はあまり暗いところが好きではない。お化けや幽霊に怯えている訳ではないが。

類家はいつも明るくて、光熱費はどれほどですかと聞きたくなるほど。
けれど、明宏はそれは気に入っていたのだ。いつも明るくて暗がりにならない。
眠る時は仕方が無いが、風呂に行くときもトイレに行くときも灯りが点いていてほっとする。
戻りたい、なんてことは思わないように頑張っていたけれど。


(…どうしよう、戻りたい…)


けれど、もう。



「…あれ?家出?」

俯き始めた明宏の横に、急に人が座り込んできた。
人気など無かったので、明宏は驚いて「ひっ!?」と変な悲鳴をあげてしまう。
しかし、座り込んできたいかにもチャラくて悪そうな男はけらけら笑いながら、


「いやー家出少年にしては綺麗な格好してンな、坊ちゃん?」


と、無遠慮に明宏の肩に手を回してきた。
いきなり知らない人に触られ、明宏はちょっとした恐怖に怯え始める。
その間にも男は明宏をじろじろと嘗め回すように見てくるので、明宏は逃げたくて仕方なくなった。けれど、不思議な圧迫感で逃げられない。

思考能力はすっかり落ちて、明宏はただ固まる。

「…へぇ、綺麗な顔してンなァ」

ぞっと明宏の背中に鳥肌が立った。
肩に置かれた手はゆっくりと明宏の頬を掴み、無理やり男の顔へと向かせられる。
さすがに明宏も、ぎっと男を睨んで

「な、何すっ…」

と抗議しようとするが、男は空いた手で明宏の首をぐっと掴んだ。
細い首は呆気なく絞められる。
苦しい程ではないが、首を掴まれる恐怖は死を思わせ、明宏はもう言葉を発せなくなった。怖くて脂汗が伝う。


「うーん、男でも売れるトコあるよなぁ…でも男だとちっと慣らしといた方がいいか」


男の言っている意味が分からない明宏。
売るという単語に、最近友人達に噂として聞いた「家出した少年少女を売春や労働させるために売る輩がいる」ということ。
少女だけでなく、奴らは少年でも容赦なく売るらしい。

近所でも数人そういった被害にあっていて、美河に「明宏様はお綺麗なので絶対夜に1人で出かけてはいけませんよ」と注意されたこともある。
明宏は自分が綺麗だとは思っていないので「大丈夫」だと軽く言っていたが。
まさか、こんなことになるとは。
あまりに恐怖で声も出ない。

「よし、俺がいい商品にしてやるから」

にたぁ、と汚い笑みを浮かべて思い切り明宏をベンチに押し倒す。
ガツン!と後頭部を打ち、意識すら朦朧としてきた。
動けない明宏をいい事に、男は制服を引きちぎるように脱がす。

口笛を吹いて「細いねぇ」とからかいながら。


「…や、やめろ!警察に…!」


抵抗をしなければ大変なことになりそうで、明宏は恐怖に怯えながらも必死に抵抗を試みた。
力いっぱい男の顔を殴る。明宏も男なので、男の頬からは鈍い音が聞こえる。

ばたばたと足を動かし、数発男の腹や腰に入れた。
明宏を押さえつける力が弱まったのをいいことに明宏は慌てて男の下から抜け出す。
荷物は置いてきたままだが、犯されたり売られたりするよりは何倍も良い。
しかし、次の瞬間。

「この、クソガキっ…!」

身体に衝撃が襲い掛かる。後ろからまた頭を押さえつけられ、地面に叩きつけられた。
体全てが悲鳴をあげた。あまりの痛みに動けずにいると、容赦なく腹に蹴りが入る。

苦しい、痛い、怖い。

胃液が勝手に口から飛び出し、むせてごほごほと咳き込む明宏をよそに、男は明宏の背中に体重を乗せた手を押し付けながら、乱暴にベルトを外す。
ズボンを脱がせてまさか、と明宏は全身の血液が凍るような恐怖に泣きそうになる。


妹の代わりと男の婚約者になって、知らない豪邸に住まされ、同居人は無愛想で、学校は大きくて訳も分からない。しかも、自分の勝手な思い込みとワガママで家を出たら、悪い男に犯されそうになっている。


(もう、嫌だ…!嫌だぁああ…!)

がくがくと体が震えて止まらない。
こんなことならばもっと鍛えておくんだった、と無駄な後悔をし始める。抵抗しようとすれば、容赦なく殴られるからだ。
意識も朦朧としてくる中、明宏のズボンは下ろされる。外気に肌を晒された瞬間、出なかった声が掠れて出てきた。

「嫌だぁあ…!!」

空中に手を伸ばす。
何も無いというのに、無駄な抵抗は空気を掴むだけ。
けれど、その先には。


「…明宏っ…!」


人の影がしっかりと自分の名を呼んで飛び込んできた。明宏ははっと目を開く。
暗くてさすがに誰かは判別できないが、その声は確かに数時間前聞いた音。
いきなりの声に、さすがの男も動きが止まる。
誰だ、と思う前にその声の主は2人の前に立ちはだかった。

「…どこに、いるかと思えばっ…!」

ぜぇぜぇと息を切らして、声の主・嘉人は珍しく表情を歪めて明宏を見下ろした。
明宏を犯そうとしている男は眼中に無いらしく、明宏を起こそうと屈んだ。
だが、男は根性悪く「何だてめぇは」と言って嘉人を一発殴った。
だが、嘉人は全く動じない。


「…最近聞く家出少女を売っている男か…あげく強姦未遂とは最低極まりないな」


ギロリ、と見たことも無い冷たい瞳で男を睨む。
ぞっと男の背筋が凍った。自分より年下だと思われるのに、年上どころか何よりも高い位置にいる気がしてならないのだ。

ゆっくりと嘉人は立ち上がり、男の胸倉を掴み明宏の上から無理やりどかした。
半ば投げるようにする動作は、格闘技を基礎から積んでいるためただの暴力とは違う。
ただの暴力しか学ばなかった男はあっさり地面に叩き落された。

脅威が居なくなった明宏は、慌てて嘉人の後ろに逃げこむ。
こんなに震えて、怖かっただろうと嘉人は切なくなった。それでも、まだ子どもが2人という状況。

男はめげずに起き上がり、嘉人の前に立ちはだかった。

「最低なンざどうでもいいンだよ、そこの綺麗な坊ちゃんを寄越せよ」

お兄ちゃんも労働組合に入れてやろうか、とげらげら笑いながら。
下種めと嘉人は舌打ちをする。
ここまで付けねらうのは、明宏が金になるからだろう。
この容姿に加えて線の細い体はそっち方面の金持ちの親父にバカ高い値段で売れると見越しているのだ。
この治安の良い日本でも、起こることは起こる。

嘉人はちらりと公園に設置された時計を見やる。
そろそろ来るはずだと、ごくりと喉を鳴らした。
ちらりと時計を見た隙に、男は嘉人の胸倉を掴む。それを間髪いれず叩き落す嘉人。

「触るな、下種が」
「…へぇ、随分口が良いンじゃねぇの!?」

嘉人は、合気道と空手を幼い頃から習わされている。
それほど経験も積んでいないであろう男1人相手になら恐らく勝てるだろう。

しかし、後ろの明宏を守りきれる自信が無い。
何しろ相手は犯罪をへらへらとやってのける卑怯な男だ。
逃げたふりをして明宏を連れ去るに違いない。
それだけは、絶対に避けたかったのだ。

明宏が押し付けられて犯されそうになる姿を見て、言いようもない怒りが沸いている嘉人。
正直、再起不能になるくらい殴りたい。
必死に震える拳を押さえた。

「お前、育ち良さそうだな…そうだ、これから手を引いてやるから恵んでくれよ」

「…お前に恵むものは牢屋生活くらいだな」


近寄る男を何とか近づけさせないようにするしか出来ない嘉人。
明宏に逃げろということは可能だが、恐らく腰が抜けて動けない。
下手にこの状態で逃がしては…と、困惑し始めた瞬間。

車の音が近づく。しかも数台が、真っ直ぐ公園へと近づきブレーキ音を響かせ、止まった。

嘉人が「やっと来たか」とにやりと笑う。
男は訳が分か
らないというように首を傾げたが、現れた数人の男性の風貌を見た瞬間、一瞬にして全てを理解した。


「確かに、被害報告と一致していますね」
「ああ、わずかだが報告があって良かった」
「ヤツを吐き出させれば売られた子ども達の居場所は分かるだろう」


現れたのは青い制服をしっかりと身にまとう警察官数人だった。
後ろには美河が嘉人に向かってアイコンタクトを取っている。
嘉人は、いざと言う時のために警察を呼んでおいてくれてと美河に頼み、明宏に何かがあったら連絡用の携帯でワンコール合図をしたのだ。

サイレンを近づけさせれば逃げるだろうという配慮も込めて。
男は訳も分からない内に連衡されてゆく。
警察官が、明らかに被害未遂にあった明宏を見て、後日落ち着いたら連絡をくれるようにと美河に伝えた。


「明宏様…!大丈夫ですか…」


腰が抜け、暴力で痛む体を嘉人に優しく抱きかかえられる明宏に、急いで美河は近寄る。
こんなに殴られて…!と美河は泣きそうな瞳で見つめた。
壊れ物を扱うように撫でられ、明宏はとうとう、


「…ご、ごめんなさい…っ…俺、美河さんの、言うこと破って…」


えぐえぐと泣きじゃくり始めた。
初めて見る泣き顔に、嘉人は慌てて「大丈夫だ」と落ち着かせる。
とにかく、車に乗って帰りましょうと美河は気遣った。

相変わらず高級なリムジンに乗って、3人は類家へと向かう。
広いので明宏を横に出来ると思ったのだが、明宏はまだちょっと怖いのか、ずっと嘉人に寄り添ったまま。
嘉人は何も言わず、泣きじゃくる明宏の肩を優しく抱き寄せていた。


言葉は無いが、その体温がとても優しくて、明宏は抱え込んでいた不安が溶けてゆくのを感じた。

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